今週の東京ホンマもん教室(https://s.mxtv.jp/variety/honmamon/)は,
『都知事選“石丸現象”ホンマもんの話〜大衆民主主義の光と闇』
https://www.youtube.com/watch?v=xfZAgpA2kU0
この放送は,七夕の東京都知事選挙の政治学,政治哲学的な総括でもありますが,それよりもむしろ,今回の都知事選挙に表れた「大衆民主主義」というものが抱える深い闇を視聴者の皆様にご紹介差し上げる,というのが基本的主旨.
つまり,現代の日本では「絶対的な正義」と見なされがちな「民主主義」が,如何に深刻な問題,決定的な欠陥をはらんだ制度なのかということを論じたものです.
そんな今回の放送ですが,放送で使用したフリップを以下に,ご紹介/公開さし上げます.
まず,この番組では今回の都知事選の結果を,今回は下記のように総括いたしました.
そして今回の都知事選の最大の特徴は,「蓮舫三位,石丸二位」となったところですが,こうなったのは,社会科学的に考えると…
と解説できます.
そして,こういう「石丸現象」は政治哲学的に考えると,「ポピュリズムの進化形」であると解釈できます.すなわち…
もちろん,ポピュリズムには「光の側面」が確実にあります.が,その「影」の側面が確実にあり,かつ,その側面は深刻な問題を我々人類にもたらすのです…
そして,そのポピュリズムの「闇の側面」をもたらしたのは,19世紀後半から20世紀初頭の社会心理学であり,かつ,医師のル・ボンが,彼の著書『群集心理』において徹底批判した「群衆」によってもたらされたものと論じています.
そしてル・ボンはその群衆を,次のように描写しています…
凄まじい(!)「群衆批判」ですが,こうした批判は,群衆には以下の様な心理的特徴を持つという冷徹な分析に基づくものであります.
そして,このルボンの指摘の先にあるのが,そんな群衆を「扇動」するおぞましい政治家ならぬ「政治屋」達の存在.すなわち…
というように,そうした政治屋達は,定義上,「詐欺」と言わざるを得ぬ存在なわけです.
では,そんな「詐欺」に引っかからないようにするためにはどうすればいいのかを,下記スライドを用いながら下記のように論じました.
是非皆さん,ご自身が確実にお持ちの良識(グッドセンス)なり,常識(コモンセンス)を大切に
いろいろな物事をご判断頂ければと存じます.
そのためにも是非,一度下記ご視聴頂けますと幸いです.
『都知事選“石丸現象”ホンマもんの話〜大衆民主主義の光と闇』
https://www.youtube.com/watch?v=xfZAgpA2kU0
何卒,よろしくお願い致します.
【藤井聡】『都知事選“石丸現象”ホンマもんの話〜大衆民主主義の光と闇』【東京ホンマもん教室】是非ご視聴下さい!への1件のコメント
2024年7月29日 2:35 AM
伊藤貫が優れていると感じるのは
トランプ評にせよバンス評にせよ
いきなりオルテガやトクヴィルといった
大上段から振りかざして話を始めないこと
注意深い観察と事実認識の積算があること
このアプローチはミアシャイマーに通じている
そして意外にも、元々個人的に好きでない
取巻からして胡散臭いチョビ髭背任御曹司が
信者を憤激させるほど石丸をよく調べ観察し
しかも驚くほど観念的でない
観念的でないから透徹している
人口2万何千人かしかいない田舎町の議会すら
まとめられなかった人間が
オランダ1国の経済力に匹敵する都や都議会を
まとめられるはずがなく
身内が働く印刷会社と最高裁まで争うなど
どう考えても平衡を欠いているとの見方は
どっかから引っ張ってきた心理学が
アラザンに見えるほど本質的で実体的
蓮舫も認められないが、石丸は問題外、なら
百合子の方がまだマシだと聞いて
ドイツは最悪だがロシアに比べればあれでも
まだマシだったというポーランドを思い出した
都知事選は罰ゲームだったとも言っている
石丸をつかまえてポピュリズムだと叫ばれても
すでに山東昭子を引っ張ってきた田中自民党に
呆れた上の世代にはあまり響かないようだ
若くて知らないから騒いでいるだけだと
ムショを経た人間は信用できると西部は言った
両手をあげて賛同はしかねるけど
ある種の暇が洞察を生み観念を排除するのだ
という意味ならいくらか理解できる
大学の先生は辞めるか名誉教授になるかして
はじめてホンマもんの学者になれるようだ
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