アジア

2018年11月2日

【上島嘉郎】いま、大海軍を想う

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

〈もとより戦艦「大和」なぞは必要としない。「陸奥」や「長門」を出す場面でもない。一隻の重巡さえ、もったいない。が、いまかりに、戦前にあった一万トン巡洋艦十八隻中の一隻が残っており、それが竹島の近海を巡航するとしたらどうであろう。李承晩ラインと称する海上の縄張りのごときは、はじめから現われなかったであろうし、またかりに現われたとしても、たちまち水蒸気のように消え失せることは確かである。(略)

昭和三十年クリスマスの前夜、東京銀座の人手は八十万を数えたという。百万と報じた新聞もある。警視庁の調べによると、その一日を通算して二百万人にのぼるという話だ。ロンドンやニューヨークをはるかに凌ぐであろう。なにしろ大変なお祭り騒ぎである。

ところが、その同じ日に李承晩ライン付近で日本の漁船四隻のうち三隻が捕まって、韓国側に連れ去られた。奇しくもまたその日、南千島エトロフ島沖合いで、日本の漁船十隻が、一網打尽、ソ連の沿岸警備艇に拉致されて、いずこかへ引っ張っていかれた。新聞は、クリスマス・イブのニュースを大きく報道したが、二つの漁船拉致については、報道する紙幅を持たなかった。〉

これは、戦前、〝大海軍記者〟として健筆をふるい、戦後もジャーナリストとして活躍、新聞協会会長や産経新聞社顧問などを歴任した伊藤正徳が、昭和31年(1956)に出した『大海軍を想う』の第一章冒頭とそれに続く一文です。

〈大海軍在りし日には、夢にも思わなかった数々の惨めさが、その失われた後に、ぞくぞくとして現われてくるのは、昔を知る者には残念以上のものであるが、昔を知らない人々にも、一つの夢として、昔を今に返す物語には値するであろう。

島国は、海の上にある。その海を断たれたら、その国は亡び、または衰える。海は彼の生命線である、ゆえに守らねばならぬ、という条理は、何人も否定することはできない。いな、領土の半面、四半面が海につらなる国でも、その海上交通線を護るための工夫を怠らない。(略)
われわれの先祖は、五十年、八十年の昔に、信念をもってこの防衛の国策をたて、忍従と気魄とをもってこれを培い、よく「侵されない海軍」「主張の裏づけとしての海軍」を造り上げたのである。楽しみに、また襟を正して、その歴史を見よう。〉

伊藤正徳の『大海軍を想う』の執筆動機がここに表れています。李承晩ラインは昭和40年(1965)の日韓漁業協定の締結によって撤廃されましたが、竹島は韓国に強奪されたままです。北方海域で操業する日本の漁業者の不安感も旧ソ連時代とそう変わっていません。

東アジアでの日本の状況は、同書が書かれた昭和30年代と本質的に何も変わっていない。日本は「侵されない」国として立っているとは到底言えない。実際に侵されていながら、昭和30年(1955)のクリスマス・イブのお祭り騒ぎから平成30年(2018)のハロウィンの狂騒まで、国民が能天気でいる限り、伊藤正徳の文章は、大日本帝国への懐古趣味にすぎず、これを取り上げる拙文も偏狭なナショナリズムへの回帰を促すものと切って捨てられる。

10月30日、日本の朝鮮半島統治時代の元徴用工が「強制労働させられた」と新日鉄住金(旧新日本製鉄)に損害賠償を求めていた訴訟で、韓国の最高裁は日本企業に賠償を命じる判決を下しました。この問題は昭和40年の日韓請求権協定で解決済みですが、韓国の司法当局はこれを蒸し返しました。
https://www.sankei.com/world/news/181030/wor1810300025-n1.html

そもそも韓国では、盧武鉉政権時代の2005年1月に日韓国交正常化に関わる外交文書を公開し、日本の朝鮮半島統治時代の補償については、韓国政府が韓国民への補償義務を負うと決められていたことが再確認されたはずなのです(現大統領の文在寅は当時、盧武鉉の側近でした)。

日本側は請求権を持つ個人への補償(直接支払い)を提案したのに対し、韓国側が個人を含むすべての請求権に関わる資金を一括して韓国政府に支払うことを要求し、日本側がそれを受け入れた結果、無償3億ドルが韓国政府に支払われました。韓国政府はこの経緯を積極的に韓国民に説明をしてきたとは言えないのですが、1975年に元徴用工への補償を実施し、2008年から追加補償も行うなど、日本との「請求権問題は解決済み」との姿勢はかろうじて守ってきました。

これが今回、「日本に対する韓国民の感情を重視した司法判断」によって覆されたのですから、韓国は国際条約や協定を守れない、法治国家とは言えない国であることを自ら証したようなものですが、これも相手が日本だからということでしょう。

戦後の日本には、「侵されない海軍」「主張の裏づけとしての海軍」はなく、何をやっても反撃してこないと高を括っているのです。直近、韓国での国際観艦式で「韓国民の感情」を理由に海上自衛隊の自衛艦旗(旭日旗)の掲揚自粛を求められ、参加を見送った問題も然り。日本側の抑制的な態度は、韓国側にさらに「柔らかい土はいくらでも掘れる」と思わせたでしょう。

先行譲歩をすれば相手は必ずそれに応えてくれると思うのは日本人の甘さです。残念ながら韓国人はそうは考えない。日本は自らの非を認めたのだ、だから譲歩するのだとなる。歴史の隠蔽や歪曲の定義を韓国側に握られたまま、摩擦回避のため日本が事実関係を曖昧にしたまま謝罪を繰り返せば、和解も示談もあり得ず、韓国はゴールポストを動かし続け、日本は「補償」というゴールポストの枠を広げ続ける連鎖を断ち切ることはできません。

抑制的な態度が必要な時はそうすべきですが、正当な怒りを表明すべき時にそれをしないのは愚かなことです。

さて、現在の日本に「侵されない海軍」「主張の裏づけとしての海軍」は本当にないのかといえば、実際には海上自衛隊があり、「日本海軍はアジア最強」(米ナショナル・インタレスト誌)とまで見る海外メディアもあります。

インドのビジネス・スタンダード紙も、ヘリコプター搭載型護衛艦の「いずも」と「かが」について、日本はアジアで唯一、2隻の航空母艦サイズの軍艦を持つ海軍大国になった」と報じ、「いずも」「かが」よりも小型の「ひゅうが」「いせ」についても、垂直離着陸戦闘機「ハリアー」を搭載するイタリア、スペイン、タイの小型空母に匹敵する戦力だとしています(2017年6月1日付「NewSphere」)。

この4隻についての日本政府の説明は、航空母艦ではなく「あくまでヘリコプター搭載を前提とした『護衛艦』」ですが、いずれにせよ、海外の軍事関係者や専門メディアからは、戦前の「大海軍」との比較はともかく、日本は「侵されない海軍」「主張の裏づけとしての海軍」に足る力を持っているではないかと見られているのです。

ところが、戦後の多くの日本人には、「侵されない海軍」「主張の裏づけとしての海軍」の必要性が意識されていません。いくらハード面が備わっていても、「能力」があっても、「国を守る」意志が欠けていたのでは何もならない。韓国だけでなく、中国にもそれを見透かされているのです。

伊藤正徳の60年以上前の言葉を改めて噛み締めたいと思います。再軍備に着手した西ドイツに触れながら、氏はこう述べました。
〈彼らは戦うために海軍を常備するのではあるまい。戦争はモウ真ッ平なはずだ。それは日本人の考えと同じだろう。しかもなおこれを備えるのは、「侵しがたい立場」を保持するためである。己を守る人間の本能、独立をまもる国の本分にもとづくものだ。あるいは、主張を重からしめる支えとしての意味もあろう。正論ではあっても、裸でいばり、叫ぶだけでは通用しない世の中である。〉(前掲書)

まずもって戦後日本人の精神の中に、「侵しがたい立場」を守るための海軍はあるか――。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
・10月26日〈国を閉じて戦うというもう一つの考え方/日本経済、おかしくないか/首相訪中~“四面楚歌”中国の突破口?/「外国人労働制度」への懸念〉
https://www.youtube.com/watch?v=qyrSaNCjOIc
・10月31日〈歴史を蔑ろにする国の末路/皇族減少と公務〉
https://www.youtube.com/watch?v=ZcsXFp0VstY

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【上島嘉郎】いま、大海軍を想うへの2件のコメント

  1. たかゆき より

    大九条

    これがあるかぎり

    日本は絶対に侵されることは ありません。。。

    憲法前文にもあるとおり

    平和を愛する諸国民の公正と正義を疑うことは 憲法違反

    それは さておき

    サッカーの おはなし

    ゴール前でchinkorにパスをする

    ODAやら補償金

    日本のプレイヤーにもバックパス もとい

    キックバックとかって あるのか しら、、、

    サッカーって八百長ゲームが多いですから ね ♪

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  2. あまき より

    外国軍の駐留を認める以外に現実主義者が取るべき道はない。
    アングロサクソンと喧嘩せず、追随していれば日本は安泰。
    TPPは日米協調防衛政策の一環。対シナ包囲網にもなりうる。
    TPPなんかアメリカにくれてやればいい。
    北方領土を返してほしいなんて日本人は誰も思ってやしない。

    以上、旧海軍の大物からクズまで含めたのホシュの発言です。
    半島がつけあがって来るのは、ある意味自明。
    これでも安倍さんに戦略があると寝言を言ってるブタがいる。

    米軍駐留の解消は自主憲法制定と並ぶ自民党結党時の大精神。
    辺野古移設反対、普天間閉鎖・返還要求は、本来は保守の役目。
    米兵を父に持つ候補者が移設反対、閉鎖返還運動の先頭に立つ。
    保守にとってこれほど支持しがいのある候補者はないはず。
    ところが彼らはこれが解らない。前知事が極左だと本気で盲信。

    朝日やシナや半島の悪口だけを教条的に唱えて来た保守言論人。
    教条主義は共産主義者に特徴的な自惚れの最たるもの。

    正徳翁はきっと草葉の陰で歯噛みしていると思いますよ。

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