政治

2018年11月30日

【上島嘉郎】ミャンマーに見た多民族国家の困難

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

 

外国人労働者の受け入れ拡大に向けた
在留資格を創設する

出入国管理法改正案が29日午後、
参院法務委員会で実質審議入りしました。

安倍晋三首相は「人手不足の状況は深刻で、
問題への対応は待ったなしだ」と述べ、

来年4月の新制度開始をめざす考えを
改めて強調しましたが、

制度が曖昧なまま
外国人労働者の拡大に踏み切れば、

結果的に、社会に混乱を生じ、

日本人と外国人双方の人権が
損なわれる事態になりかねません。

安倍首相はこれまで繰り返し
「移民政策ではない」といってきましたが、

事実上、国の姿を大きく変える政策の転換で、

今般の法改正によって我が国が
どのように変わっていく可能性があるのか、
その負の面を国民に説明しているとは言えません。

改正案は、外国人受け入れに関わる中核部分を
省令で定めるとしています。

たとえば外国人労働者受け入れ人数の上限を、
法務省令で定めるというのですが、
省令などいくらでも変更できます。

今更ですが、根本的視点からいえば、日本は
「移民国家」「多民族国家」への道を歩みだすのか、
ということを問うものです。

いま欧州各国が抱えている
社会の分断と移民排斥の動きが、

明日の日本の現実にならないという保証は、
新制度のどこにも見当たりません。

目先の労働力不足に対応するという話で済むものではない。

入れるのは「人間」であり
「工作機械」ではありません。

さて、筆者は今月半ばにビルマ
(現ミャンマー連邦共和国)を訪問しました。
そこから少し話を――。

ビルマは諸部族による長い割拠時代を経て、

11世紀半ば頃に
最初のビルマ族の統一王朝である

パガン朝(1044~1287年)が成立し、
その後タウングー朝(1531~1752年)、
アラウンパヤ朝(1752~1885年)が統一国家を形成しました。

イギリスはそのアラウンパヤ朝を攻め、
第一次英緬戦争(1824~26年)、
その後の第二次戦争(1852年)でペグー地方を、
第三次戦争(1885年)で遂に首都マンダレーを陥落させ、

翌1886年1月1日、インド総督ダフリンによって
全ビルマを英国王の名で英領とする旨を宣言しました。

(日本では内閣制度が発足し、
初代内閣総理大臣に伊藤博文が就任した翌年です)

日本は大東亜戦争でイギリスと戦い、
昭和18(1943)年8月1日、
バー・モウを首班とする「ビルマ国」として独立させましたが、

それまで57年間ビルマはイギリスの植民地でした。
その後、日本が敗戦し、

今日ビルマの独立は戦後の1948年1月4日、
英アトリー政権下でなされたとされています。

ミャンマー連邦共和国の民族別の人口比は、
ビルマ族70%、シャン族9%、
カレン族7%、ラカイン族3・5%、モン族2%などです。

現政権によればなんと135の民族があるといいます。

全体の85%が仏教徒(上座仏教)で、
現地のガイドによれば、

イギリスの植民地時代に彼らが布教した結果、
山岳地方の少数民族を中心に
キリスト教徒も12%いるとのことでした。

現在、人権侵害として問題視されている「ロヒンギャ」は

ビルマ北西部のラカイン州を中心に居住するムスリムですが、

当局はロヒンギャを国が指定する少数民族とは認めておらず、
ベンガル系の不法移民と位置づけています。

隣国バングラデシュも同様、
ロヒンギャの仮住キャンプは受容しても、

政治難民とは認定せず、
ビルマからの流入を制限しています。

この問題は説明すると長くなるので措きますが、

ロヒンギャ族の一部過激派が

仏教徒に危害を加えるなどの事態が
ビルマ当局の強圧的な姿勢を招いていて、

欧米諸国のようにビルマ政府の取り組みが
人道的でなく不十分だと非難すれば
解決するような問題でないことだけは確かです。

もとはといえば、イギリスが植民地時代に

ラカイン族から土地を取り上げて
ロヒンギャに与えたことが遠因です。

ビルマ族による統一国家の時代から、
ビルマは国内に少数民族を抱えていたわけですが、

1982年の「市民権法」以降、
国籍保持者が「国民」「準国民」「帰化国民」の
三つに分類されることになりました。

『物語 ビルマの歴史』(根本敬著・中公新書)によれば、
「国民」とは、第一次英緬戦争が始まる前年にあたる

1823年以前から両親双方の先祖が
ビルマに住んでいた「土着」の人と定義され、

「準国民」は1948年の独立時に施行された
国籍法に基づいて国籍を得た主に外国系の人々。

1948年の国籍法は独立前の英領ビルマに継続して
8年以上住んでいた人々も国民として受け入れようとする法律でしたが、

独立後のビルマに不安を覚え、様子を見ようと考え、

国籍を得ないまま法的に
中途半端なかたちで住みつづける

インド系や中国系の人々が続出したので、

それらの人々に対して帰化手続きを促す
「帰化国民」というカテゴリーが
用意されたということです。

ビルマは王朝時代も少数民族を抱え、
戦後の連邦制国家も同様ですが、

現実にはビルマ族が全体の7割を占めるため、
宗教は上座仏教、言語はビルマ語、
歴史認識は旧ビルマ王国の歩みが主体となっています。

前掲書によれば、王国の時代は、

〈王権は「民族」に基づいて
被支配者を区別して支配することはせず、

王権の支配が及ぶレベルの強弱で
その「集団」の違いを認識し〉、

〈「民族」を基準に統治対象を分類したり
区別したりする発想が導入されるのは、
英国による植民地統治が始まってからであり、

ビルマを「多民族」国家とみなす見方も
一八八六年以降のことだといってよい〉。

そして〈ビルマ民族ではない
さまざまな民族が住んでいることも意識され、

彼らとともにひとつの
安定した主権国家をつくる必要性が
独立前からナショナリストたちのあいだでは認識されていた。

問題はその表現として採用した
独立後の連邦制が機能しなかったことにある〉という指摘は、

「民族」意識の高まりと
「連邦制」の齟齬という根本的な問題を示しています。

『物語 ビルマの歴史』の著者である根本氏は、
「あとがき」で

〈「地球市民」の視点に立つ
「グローバル・ヒストリー」や
「新しい世界史」の重要性が叫ばれる現代〉

に一国の通史を書くこと、
その作業が必要とされていることは、

〈現代に生きる私たちが、
お互いを「国民」アイデンティティ

(「~人」「~国民」という見方や考え方)に基づいて
理解する生き方から自由になれないでいるから〉

と述べるのですが、
ここで筆者は日本の問題に立ち返りたいと思います。

「地球市民」の視点に立つとはいかなる意味か。

「~人」「~国民」という考え方は
人間の自由を束縛するものなのか。

一体まったき自由というものは人間を幸福にするのか。

話がすっかり拡散してしまい恐縮です。

ビルマ王国から
現在のミャンマー連邦共和国に至る過程に見られるのは
(もちろん、ビルマだけではありませんが)、

多民族が同居しての
統一的な主権国家運営の困難さです。

いや、もう「国家」の時代ではないのだ、
「地球市民」をめざす時代なのだ
という考えは理念としてはあるでしょう。

しかし現実には、個人の人権を守るのは
その属する国家であり、共同体なのです。

その意味では人権などというものはない。
あるのは「国民の権利」なのだ、

と(これは故西部邁先生が力説されていました)。

日本の「歴史」と「国体」を思えば、
なぜ今から「多民族国家」「移民国家」をめざす必要があるのか。

根本的な議論がなされないまま、
単なる労働力確保の問題として政策が進められていく。

「移民政策ではない」と
言い続ける安倍首相に
対する不信感が募るのは当然で、

「あるべき安倍批判」として
筆者も声を大にするものです。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●11月20日「虎ノ門ニュース」に出演しました。
https://www.youtube.com/watch?v=cq1m5MeFb4g

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
・11月16日〈生産性向上が日本を救う/多民族国家の苦闘/北方領土~甘い期待と拙速な妥協ではなく、原則を示せ/人道と情緒に翻弄される移民問題〉
https://www.youtube.com/watch?v=WVZQRwykt1s
・11月23日〈○○ちゃんにも叱られる!言葉と歴史を喪失した私たち/ヒッチハイクアプリで移動の未来はどうなる?!/人道ありきで「摩擦」を受け入れる代償〉
https://m.youtube.com/watch?v=DHB5gj9Uvk8

 

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【上島嘉郎】ミャンマーに見た多民族国家の困難への3件のコメント

  1. komiyet より

    戦前も敗戦後も変わらないもの。

    それは現場の人間が優秀で、支配者層がポンコツである。

    日本はペーパーテストで点数のいい奴が支配者層になる。

    支配者層は答えのない世界には極めて弱い。

    知っている人ほど、今の支配者層が生き残る限り、

    日本は必ず終わると思っている。

    今の現場の人が、支配者層にならないと日本は終わる。

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  2. 神奈川県skatou より

    安倍三首相の人手不足は待ったなし発言、あるいは、消費税増税について、国民にきめ細かく説明する発言、どちらも結論は決まっていて議論する気はなく、自分の考えが最高で動かしがたく、どう実現するかの話しか開示しない。共産主義政権みたいなもんですね。今の自民政権は。

    今朝、経済記事がイマイチな某経済新聞に、今年ノーベル賞受賞の本庶氏のインタビューがありました。あまりにも真っ当すぎてどうしてこんな簡単な説明を政府、官僚、政治家、実業家、経営者、株主ら大勢は分からないのだろうと。

    「でもやっぱり、目先の結果がないとやってゆけない」

    こういう余裕の無さ、貧しさ、勇気の無さこそ、未来の世代へのツケなんだろうなと思われます。

    夢は魅力的です。きっと日本人でありながら、ビルマ独立を夢見た日本兵は、本気だったのでしょう。そんな夢の話も、次世代では消えゆくのでしょうか。

    彼らが何のために戦ったのか。戦後の人間は「お国のための犠牲者」とは言うが、本当なのか。当時の表現力ではそれが限界で、本当はもっといろいろな心情があったのではと。
    口では国といっても、それは家族を守りたい、一族を守りたい、故郷を守りたい、そんな単純な気持ちだったのかもしれません。ただそれが守られるためには、国があり、地域があるわけで、もっと全人類的な理想も見えていたのかもしれません。

    「戦後の日本人は日本人でない」と私に言った方は、もうだいぶ前に亡くなりました。そんな世代の、今まだ存命中の方々に、未来へ続く光明を見せてあげたいものです。
    それが政治というものでしょう。そう思います。

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      1. 神奈川県skatou より

        (追記)
        安倍三氏の自己肯定感の高さから、きっと日ロ交渉も、とんでもない日本の妥協が「この道しかない!」とかいう結論で独断され、日本には紙切れ以下の、まったく意味のない平和条約を、そしてロシアには永遠に日本を縛り続けて領土保全をする鎖を、手に入れることで終わるのではないでしょうか。

        未来が見えないとは、そういうことかと。

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