日本経済

2018年5月4日

【上島嘉郎】平成最後の憲法記念日

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

5月3日は「憲法記念日」。

71年前のこの日、

「日本国憲法」は施行されました。

安倍晋三首相が憲法改正の
方針を打ち出し、改憲に関する
事案を政治日程にのせるように
なってから、大手メディア
(とくに朝日新聞)の安倍批判は
激しさを増しています。

5月3日付朝日新聞社説
https://www.asahi.com/articles/DA3S13478086.html?ref=opinion

朝日は、安倍首相に改憲を
語る資格はないとし、この1年で

〈安倍政権が憲法改正を
進める土台は崩れた〉

と述べます。

〈そもそも憲法とは、国民の側から
国家権力を縛る最高法規〉

で、

〈「安倍1強政治」のうみとでも
いうべき不祥事が、
次々と明らかに〉

なり、

〈憲法の定める国の統治の
原理がないがしろにされる事態〉

〈まっとうな改憲論議が
できる環境にない〉

と。

〈「安倍1強政治」のうみ〉

というのは、

「森友・加計・自衛隊日報
・財務次官のセクハラ」

等々でしょうが、ここには
事実と認定できない「疑惑」と、
法律的にどのような責任が
問われるのかが冷静に
勘案されないままの「懲罰感情」と、
まさに現在の憲法が抱える
主権国家としての矛盾が
放置されてきた結果の問題
(自衛隊の日報問題)などが
一緒くたにされています。

それから憲法が

〈国民の側から
国家権力を縛る最高法規〉

だと朝日がいうのは随分
乱暴な括り方で、「憲法」は
「国家の基本的事項を定め、
他の法律や命令で変更することの
できない国家最高の法規範」
と認識するのが普通でしょう。

朝日は、安倍首相に対し、

〈透けて見えるのは、現憲法は
占領期に米国に押し付けられた
との歴史観だ。
人権、自由、平等といった
人類の普遍的価値や民主主義を
深化させるのではなく、
「とにかく変えたい」という
個人的な願望に他ならない〉

というのですが、

〈現憲法は占領期に米国に
押し付けられた〉

というのは
安倍氏個人の歴史観ではなく
「事実」でしょう。

また、「改憲」を
〈個人的な願望〉と切って
捨てるのも、安倍氏を総裁とする
自民党に投票した国民の
意思を軽んじるものでしょう。

朝日は、

「民主主義を支える公文書が
改竄される安倍政権下で
9条改憲論議が進むこと」

は危険でけしからん、というような
論陣を張るのですが、筆者が
不思議に思うのは、朝日に限らず
現行憲法を守れと主張する
人々の多くが、現行憲法の
成立過程をほとんど問題視
していないように見えることです。

朝日の社説も
〈米国に押し付けられた〉
ことは一向に問題視せず、
〈普遍的価値や民主主義〉
を謳うだけです。

筆者はここで、既知の読者には
退屈かもしれませんが、
被占領時代の詳細で
丹念な研究によって
「戦後の言語空間」の歪みを
明らかにした故江藤淳の
『一九四六年憲法―その拘束 その他』
(文春文庫、平成7年)に拠って、
現行憲法の成立に関わる
いくつかの話を手短に
紹介したいと思います。

連合国軍最高司令官のマッカーサーが、
総司令部民政局に指令を発して、
日本政府を「指導」するために
独自の憲法草案の起草を
命じたのは昭和21年(1946)
2月3日のことです。

前年11月、マッカーサーは、
東久邇宮に代わって内閣を
組織した幣原喜重郎に

「ポツダム宣言の実現に当りては
日本国民が数世紀に亘り隷属
せしめられたる伝統的社会秩序は
是正せらるるを要す。
右は疑いもなく憲法の
自由主義化を包含すべし」

との意向を伝えていました。

日本政府を「指導」する主眼として
示されたマッカーサー・ノートの
なかに次の一文があります。

〈国家主権の発動として戦争は、

廃止される。
日本は、紛争解決の手段
としての戦争のみならず、
自国の安全を維持する手段としての
戦争をも放棄する。
日本は、その防衛と保全とを、
今や世界を動かしつつある
崇高な理想に委ねる。
日本が陸海空軍を維持する権能は、
将来ともに許可されることがなく、
日本軍に交戦権が
与えられることもない。〉

実際に民政局の憲法起草委員会の
作業を経て示されたのは、

〈国家主権の発動としての
戦争は廃止される。
他国との紛争解決の手段としての
武力による威嚇または武力行使は、
永久に放棄する。
陸、海、空軍その他の戦力を
維持することは許されず、
国家の交戦権が
認められることもない。〉

というもので、
マッカーサー・ノートに示されていた

〈自国の安全を維持する
手段としての戦争をも放棄する〉

というくだりは削除されました。

江藤氏は、マッカーサー・ノートの
くだりについて

〈注目すべきことは、
「自衛権」と「交戦権」の否定が、
なによりもまず国家主権に対する
決定的な制限として想定されている
ことであろう。
〝戦争放棄条項〟を〝非武装条項〟、
あるいは〝平和条項〟と解釈するのは
実は問題のすり替えであって、
それは正確には〝主権制限条項〟
と理解されなければならない〉

と指摘しています。

そして、それが民政局の
憲法起草委員会の段階で
削除されたことは、

〈起草者たちはおそらく、
マッカーサー・ノートに示された
「自衛権」の否定が、ほとんど
国家主権そのものの否定を
意味しかねないことに気がついて〉

のことであろうと。

江藤氏は同書で、昭和21年(1946)
2月13日、民政局長ホイットニー准将と
随行のケイディス陸軍大佐、
ラウエル陸軍中佐、ハッシー海軍中佐が、
外務大臣官邸において
吉田茂外相、松本烝治憲法担当国務相、
白洲次郎外相秘書官、長谷川元吉翻訳官
と会談した模様を記しています。

ケイディス、ラウエル、ハッシー
による会談記録があり、
『日本国憲法制定の過程・Ⅰ原文と翻訳』
(有斐閣、昭和47年)に収録され、
翻訳者は高柳賢三、大友一郎、
田中英夫の三氏です。

江藤氏は

〈私は意図的に敢えて
その翻訳を採らなかった。
その理由は、おそらくあの
現行憲法に対する〝タブー〟が
暗々裡に作用しているために、
ことさらに婉曲かつ不正確な翻訳が
おこなわれているように
思われてならなかったから〉

で、翻訳が、

〈現行憲法は「押しつけられた」
ものではないとする故高柳博士の
持論に適合するように
文脈を曲げて作成されている、
という印象を拭いがたかったから
にほかならない〉

と述べています。

会談の雰囲気は
どのようなものであったか。

ホイットニー准将は吉田外相らに
憲法草案を渡した後、

〈「一時退席し、文書を自由に検討し、
討論する機会を与えたい」〉

として、

〈ポーチを去り日光を
浴びた庭に出た。

そのとき米軍機が一機、
家の上空をかすめて飛び去った。
十五分ほどたってから、
白洲氏がやって来た。
そのときホイットニー将軍が
静かな口調で白洲氏に語った。
「われわれは戸外に出て、
原子力エネルギーの暖を
取っているところです」〉

これは江藤氏の訳文で、
高柳氏らの訳文との比較は
『一九四六年憲法―その拘束』で
確認できます。

「原子力エネルギーの暖」
とは何のことか。

日本は米国に原爆を投下されました。

多言を要さなくても
察しのつく方は多いでしょう。

日本国憲法は米国から
「脅迫的言辞」をもって
押し付けられたのであり、
「人権、自由、平等
といった人類の普遍的価値」
はその時点ですでに
蹂躙されています。

こうした事実の発掘は
多々なされているにもかかわらず、
これを問題視せぬまま
「憲法を守れ」という声だけが
喧しいのはなぜでしょうか。

朝日新聞をはじめ
大手メディアの安倍批判には、

〈現行憲法に対する〝タブー〟
が暗々裡に作用〉

し続けていると言わざるを得ません。

日本国憲法第二十一条の
二項にはこうあります。

「検閲は、これをしてはならない。
通信の秘密は、これを侵してはならない。」

しかしながら、憲法の成立過程
そのものが占領軍による統制と
検閲下にありました。

諸々の矛盾を抱えたままま、
「主権制限条項」を「平和条項」
などと誤魔化して過ごしてきた
戦後七十余年――。

安倍政権の批判それ自体は
大いにすればいいのです。

消費税や移民政策、
安全保障や拉致問題など
具体的に論ずべき問題は
いくらもあります。

なぜ野党と多数の大手メディアは
それをせずに、

〈「安倍1強政治」のうみ〉

などというものに国民の
関心を引きつけようとするのか。

国民は本当に自由に
モノを考えているか。

「平成最後の憲法記念日」に当たって、
また72年前の5月3日に
東京裁判の審理が開始された
ことを想起して、江藤淳氏の
次の言葉を読者と共有
できればと思います。

〈憲法が「一切の批判」を拒む
〝タブー〟として存続して来たのは、
決して日本人の良心がそう命じた
からではなくて巧妙な占領政策の
帰結にすぎず、おそらくは同胞の中の
善意の熱心家が、知らず知らず
のうちに検閲官の役割を買って出、
異端邪説を禁圧して来たからだ
という事実を指摘するのみである。
しかし、憲法自体が禁圧として
作用しているような状況の下で、
「表現の自由」や「学問の自由」が
成立しがたいことはいうまでもない。
私はやはり、日本人に
自由になってほしい。
少くとも、必要なことが

平和の維持、つまり自らの
「安全と存続」であって、
「憲法の護持」ではないことを
公言できる程度には、
自由になってほしいのである。〉
(「憲法と禁圧」前掲書所収)

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
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●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
(4月18日〈ファシズムに道を開くのは誰か/また中国系企業か?年金機構の業務委託/日米首脳会談/情報開示すべきでない公文書の見極め〉)
https://www.youtube.com/watch?v=ggmuzlT5bpE
(4月25日〈国民の懲罰感情を利用する確信犯たち/日本を「発達障害大国」にしたのは誰か?〉)
https://www.youtube.com/watch?v=K94ecD7R9gE

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【上島嘉郎】平成最後の憲法記念日への3件のコメント

  1. 陰陽道学徒 より

    〈国民の側から
     国家権力を縛る最高法規〉

    だと朝日がいうのは随分
    乱暴な括り方で、「憲法」は
    「国家の基本的事項を定め、
     他の法律や命令で変更することの
     できない国家最高の法規範」
    と認識するのが普通

    と書かれていますが
    朝日新聞が書いたことも
    上島さんの書かれたことも
    全く間違ってはいません。

    朝日の書いたことは
    「憲法の目的や理念」であり
    上島さんが書かれことは
    「憲法の定義」でしょう。

    そもそも中身が違うのです。
    これを「乱暴な話」というのは
    上島さんがここで展開されているような
    護憲派がやったいわば微妙な論理のすり替えです。

    この論理のすり替えは護憲派も改憲派も
    けぅこうやっていることで
    党に関係なく政府の国会答弁でも
    意識してわざとやっていることです。

    せっかく有意義な提言をされているのですから
    少なくとも憲法の議論では
    こういう論理のすり替えは
    止めていただきたいですね。

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  2. 日本晴れ より

    朝日新聞は何かかっこいい事言ってますが
    結局は世界の左翼とアメリカ民主党の作った世界観の言いなりの真似でしかないですからね。朝日新聞は記事の捏造も問題ですが記事の内容と世界観がニューヨークタイムズの丸パクりって分かります。

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