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2019年5月23日

【角谷快彦】介護職員の待遇改善とCCRC(後編)

From 角谷快彦@広島大学医療経済研究拠点(HiHER)拠点リーダー/広島大学教授

前回は、今後の日本の介護の進むべき道について、介護職員の待遇改善の重要性について述べました。今回は、さらに踏み込んで、世界に先駆けて介護需要が増え続けている日本の状況を追い風として捉え、成長戦略に結びつける方策について考察します。私は、日本の介護にとって、中長期的には介護職員の待遇改善だけでなく、日本の高齢者の自然かつ物理的な集約もある程度必要だと考えています。現在の日本は、地方にいるとよくわかるのですが、高齢者の自宅や高齢者施設が物理的にあまりにも「点在」しています。

例えば、訪問介護でもAさん宅を訪れた後、次のBさん宅に向かうまでに(少々大げさに言えば)「山を一つ越える」等ということは普通にあります。すなわち、高齢者の点在により、いくら優秀な介護職員を集めたところで、きめ細かい対応を行うには物理的な限界があるのです。

また、こうした高齢者の集約性の低さは介護関連産業にも悪影響を与えています。人手不足の介護現場は生産性向上のニーズが豊富にありますが、日本の場合、在宅はもとより施設でも、特徴ある小規模なものが多く、大規模なものはあまり多くない傾向があります。

したがって、例えば、職員が二人がかりで行っていた作業を一人でできるようになるというような、生産性向上に資するシステムを導入しようと思っても、点在している施設の多くは小規模なので現場の余裕もなく、実証実験や製品の展開が難しい状況があります。もちろん、大企業であれば、自前で介護施設を運営する等して、実証・展開することも可能でしょうが、日本には技術を持った中小企業がたくさんありますので、その強みが高齢者の非集約によって十分に活かされていないと感じます。

「日本では高齢者を集約するのは難しい」。私が非常によく聞く意見です。事実、自治体でも、例えば富山市のように、「コンパクトシティ」を標榜し、中心部に高齢者と高齢者向けの行政サービスを集約しようと試みた自治体もありますが、街並みは便利できれいになったものの高齢者の流入はあまり進まず、当初の目的が達成されたとは言い難い状況です。

また、私はここ3年程、高齢者の経済活動を支援する国の研究プロジェクト(http://ppmelt.com/)に参画しておりましたが、そこで接する介護現場の方々からも、「日本人は地縁に対する思い入れが強い」とか「年をとって認知症の兆候が出た後に転居させると症状が悪化する」等、説得力のあるご意見を多数いただきました。もちろん、全国には千葉のユーカリが丘等、高齢者の住替えが進んでいるところや、比較的規模の大きなサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)等もありますが、全体からみれば極めて少数に留まっており、また「地域単位での高齢者の集約」となると該当するところはほとんどないと思います。

では、日本で高齢者を集約にはどうしたらよいのでしょうか。私は、ある意味逆転の発想ですが、高齢者が“高齢者になる前に”「集約」を進めるのが大事だと思います。年をとるとどうしても住み替え等は億劫になりますがもう少し若ければいいのではということです。

皆さんはCCRC (Continuing Care Retirement Community)というコンセプトをご存知でしょうか。これは海外(特に米国)ではそれなり認知度があるのですが、高齢者が健康な段階で入居し、終身暮らすことができる生活共同体を意味します。多くの場合、50代・60代くらいの「若い」方をターゲットに入居者を募り、居住スペースのあるコミュニティの中には医療施設やスポーツ施設、レクリエーション施設が設けられていたりします。ざっくりとしたイメージとしてはシニア向けの(大学)キャンパスのような感じ。子育て等を終えた若いシニアが、不要となった従来の広い居住スペースを手放す等してCCRCに入居。コミュニティ内で行われるさまざまなアクティビティを通じて友達を作り、第二の青春を過ごしながら老いていくが、必要となる介護・医療等もコミュニティで完結…といった感じ。

ちょっと伝わりにくいかと思いますので、海外(タイ)の事例ですが、私も視察した施設のわかりやすいyoutubeビデオを紹介します。タイ語ですが、なんとなくでもイメージを感じてください。娘に連れてこられたお母さんがCCRCで過ごす日々の話です。
https://www.youtube.com/watch?v=O8c8m4zTPcE

CCRCでは高齢者に関わる、あらゆる産業が集約可能です。それぞれに特徴があるのが一般的ですが、医療・介護はもとより、プール、ヨガ、テニス等のスポーツからリハビリテーション、生涯教育、そしてガーデニング、ダンス、カラオケ等の余暇活動に至るまでさまざまな付加価値の形態があります。

そして、こうした集約は高付加価値サービスを生み出す源泉となります。日本は豊富な介護需要と高度な訓練を受けた介護士、そして技術力のある企業を多く持つ国ですが、これまで残念ながら介護現場の生産性向上はその底力に比しては進んでいません。未だに数十年前とあまり変わらぬやり方で高齢者の食事、入浴、排泄等を介助・介護しているところがほとんどなのが現実です。

しかし、CCRCでは高い付加価値を持つサービスの提供に対するハードルが一気に下る可能性が高くあります。何しろ高齢者にまつわるすべてのサービス需要がワンストップで集約されるのです。私が訪れたいくつかの海外のCCRCでは、それらの入居者が比較的裕福ということもありますが、敷地内バリアフリーはもとより、ハイテク車椅子を使った移動やどこでもすぐに同じ敷地にある医療施設から医療スタッフが駆けつけられるよう転倒通知のセンサーを張り巡らす整備、また生体計を用いて居住者の健康管理を遠隔でモニターできるシステムの導入等が当たり前のように検討されていて驚きました。

逆に言えば、介護技術・産業技術に強みのある日本でこうした取り組みを行えば、そこから生み出されるイノベーションはかなりの数にのぼり、また競争力をもったものにもなるでしょう。

実際、既に日本でも日本版CCRCを創出する計画は各地であります。地方創生の文脈で都会の高齢者を地方に呼び込もうとするものや、大学や病院と連携してそれぞれ生涯教育・医療サービスの付加価値をつけようとするもの、行政と一体となってコンパクトシティと結びつけるもの、民間のサ高住が大規模化して発展したもの等さまざまです。

日本版CCRCはまだまだこれからです。日本、というより地域の特色を活かしたCCRCが各地に次々に生まれれば、そこから日本を追って高齢化する諸外国にも普及し得る多くの革新的な事例が生まれるでしょう。例えば、最近私が会話に加わったアイデアとして次のようなものもあります。高齢化した過疎の農村地域。地域の中心部に医療機関を誘致した後、地元の廃材を燃料とする環境負荷の低いバイオマス発電所を立て、それで電気を賄い高齢者が移住するコミュニティを作る。また、当該のバイオマス発電には地熱の発生が伴うそうなのでそれを使って、コミュニティ内に見晴らしの良い大浴場を設置。さらに、集まった元農家の高齢者たちと地熱を利用した常夏のビニールハウスで家庭菜園のようにコーヒーを作ったり、マンゴーを作ったり。

そこで近隣の高校が実習もし、さらに大学と連携して生涯教育やレクリエーション活動も生まれる…。もちろん実現には課題もあるでしょうが、おもしろいと思いませんか。高齢者のためのコミュニティづくり。異業種の人々が集えば各地で素晴らしいアイデアが次々と出てくることでしょう。

しかし、忘れてはいけないのは前回述べた介護職員の待遇改善です。肝心な高齢者のニーズを一番よく理解しているのは、高齢者自身を除けば、間違いなく高齢者と長い時間を過ごす介護現場の方々です。高齢者のニーズを真に汲み取れるのは、企業の方でも、政策立案者でも、私のような学者でも決してありません。高齢者に関わる産業に成長の期待が高まる中、そのニーズを一番良く把握できる立場にある介護の現場に、特に優秀な人材を集めなければならないのは当然です。

「介護現場の優秀な職員による高齢者ニーズの汲み上げ」と「高齢者の自然な集約による生産性向上と高付加価値創出のためのイノベーションを生み出す環境」、この二つが合わさった時、日本の未来は明るく開けるでしょう。今後、世界各国が日本を追って高齢化していくことを鑑みれば、「厳しい国難」と捉えられがちな高齢社会も「日本発のスタンダードを生み出す千載一遇の好機」に変わっていく可能性は決して低くありません。

【書籍紹介】
『介護市場の経済学』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815808333/

『Human Services and Long-Term Care』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/1138630934
https://www.routledge.com/9781138630932

『博士号のとり方[第6版]』(訳書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815809232

【執筆コラム紹介】
介護市場の競争と品質(1)多くの国では「価格」も選択肢
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12108040V20C17A1KE8000/

介護市場の競争と品質(2)規制による質の確保は困難
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12160250W7A120C1KE8000/

介護市場の競争と品質(3)日本の制度設計に優位性
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12265340Y7A120C1KE8000/

介護市場の競争と品質(4)「結果」でなく「過程」の質評価
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12300260Q7A130C1KE8000/

介護市場の競争と品質(5)貧富の乖離、供給コスト拡大
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12351190R30C17A1KE8000/

==============

角谷快彦(かどやよしひこ)
1976年生まれ。広島大学教授、同医療経済研究拠点リーダー、Distinguished Researcher。
PhD (経済学、豪州・シドニー大学)。
主著に「Human Service and Long-Term Care: A Market Model」(Routledge)、
「介護市場の経済学:ヒューマンサービス市場とは何か」(名古屋大学出版会)。
ウェブサイト:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~ykadoya/ja/

—発行者より—
御代替わりを迎え、新たなる時代において
日本人が正しい「歴史」を知ることのできるよう、
『経世史論』を開設しました。
「現代」を読み解くには、過去の歴史を
正しく理解する必要があります。
正しい歴史を子どもたちやその先の世代に語り継ぐために、
まずは私たち自身が正しい歴史を学びませんか?
こちらから詳しい内容をご覧ください。
http://keiseiron-kenkyujo.jp/apply/

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【角谷快彦】介護職員の待遇改善とCCRC(後編)への5件のコメント

  1. たかゆき より

    CCRC

    素敵な構想です

    しかるに 小生 CCRCでの生活は まず無理

    理由は小生の性格

    ディズニーのアニメに登場する グリンチそのまま

    ちょっとした自慢ですが

    小中高大学 院を通じて 友人と称する存在は

    皆無

    高齢の方々は程度の差はあっても

    それぞれが プチグリンチかと、、

    小生のように

    集団の中に放り投げられると

    孤独を感じるタイプには

    向いてない施設かも しれません。。。

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  2. たかゆき より

    『グリンチ』

    ディズニーではなく

    イルミネーション・エンターテインメント の

    アニメでした お赦しあれ ♪

    返信

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  3. F-NAK より

    人を集約させて居住させているものとして団地もあります。
    CCRCもよいのですが、高齢者以外も集約させることはできないのでしょうか。

    CCRCが多くなることにより、心配なのは核家族の一層の増加です。
    子供の精神的な成長にとって祖父母は重要な存在です。

    CCRCに暮らす高齢者の方と家族の交流についても提案が欲しいです。

    返信

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      1. 角谷快彦 より

        ご指摘ありがとうございます。核家族化の状況も地域によって異なるので一概には言えませんが、重要な論点だと思います。

        返信

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  4. 藤本 より

    たとえば、セコム等が運営する、健康型の高級老人ホームはこのCCRCの発想に近いものであるととらえてよいのでしょうか?

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