コラム

2016年6月15日

【佐藤健志】広島で何も見なかった人々

From 佐藤健志

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少子高齢化に伴う生産年齢人口比率の低下。
深刻化する人手不足の中、鈍化する日本の成長。

しかし、この人手不足こそ次なる成長への鍵だった。
これから起ころうとしている第4次産業革命とは一体?

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フランスの映画監督アラン・レネは1959年、『二十四時間の情事』という作品を発表しました。
シナリオを担当したのは、のちに同国を代表する女流作家となるマルグリット・デュラス。

秀作と評判が高く、カンヌ映画祭では批評家協会賞を受けましたが、じつはこの映画、日仏合作(史上初だそうです)で、広島が舞台になっています。
原題はずばり、『ヒロシマ・モン・アムール』(広島わが愛)。

フランスの女優が、反核をテーマにした映画の撮影のため訪れた広島で、日本人の建築家と行きずりの恋に落ちる。
しかるに女優には、第二次大戦中、ドイツ軍の兵士と恋に落ち、そのせいで故郷を追われた過去があった。

故郷を追われた彼女がパリにたどり着いたのは、1945年8月6日。
広島に原爆が投下された日です。

十数年を経て、ふたたび(旧)敵国の人間と愛し合うことになった彼女の中で、自分の過去と、広島を襲った運命とが交錯する・・・

こういう内容ですが、映画の冒頭には、有名な台詞のかけ合いがあります。

広島のさまざまな情景(たいがいは原爆関連)が映し出される中、
「私は広島でこれを見た」
「私は広島であれを見た」
という女優の声がかぶさる。

すると日本人建築家の声がフランス語で、
「君は広島で何も見なかった」
といちいち否定するのです。

反核をテーマにした映画に出演すべく、広島までやってきて、原爆資料館を訪れたり、核兵器廃絶のデモ行進に居合わせたりしているのに、なぜ「何も見なかった」と言われるのか?

フランスの文芸評論家ジャン・ピエロは、『マルグリット・デュラス 情熱と死のドラマツルギー』(福井美津子訳、朝日新聞社、1995年)で、これについて以下のように論じました。

この作品に暗黙のうちに含まれている主題とは、記憶そのものである。記憶は過去を保存し、過去を忘却から救い出そうと努めながらも、実際には知らず知らずのうちに過去を変質させ、ついには破壊してしまう。

悲劇が起きた、まさにその場所でさえも、外見上はともかく、実際には何ひとつ存続しない、人間の歴史、あるいは少なくとも現代においては重要であるこの出来事(注:原爆投下を指す)にも、もはや理解が及ばない(。)
(168ページ。読点を追加のうえ、表記を一部変更)

私なりに言い替えれば、こうなります。

重大な出来事は、重大であればあるほど、その本質は直接、経験した人間にしか理解できません。
いや、直接経験した人間ですら、記憶の中で少しずつ過去を歪め、形骸化させてしまう。
したがって、いかに記録を克明に残そうと、本当には何が起きたのか、時間の経過とともに誰にも分からなくなるのです。

ならば広島を訪れたところで、「自分は何かを見た」(=原爆投下について理解できた)と思っているかぎり、その人物はじつのところ、広島について何も見てはいない。
日本人建築家の声は、まさにこれを指摘しているわけです。

「1945年8月6日に起きた出来事の本質を、自分は決して理解しえない」
そう自覚することこそ、広島において真に何かを見るための条件にほかなりません。

『二十四時間の情事』のシナリオをめぐって、デュラスが「広島について書くことは不可能であることを証言する初めてのテクスト(作品)」だとコメントしているのも、この解釈を裏付けるものと言えるでしょう。

さて。

アメリカのオバマ大統領は、さる5月27日、現職の大統領としては初めて広島を訪れました。
原爆資料館を視察したあと、大統領は慰霊碑に献花、核廃絶を訴えるスピーチを行っています。
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2016/05/27/remarks-president-obama-and-prime-minister-abe-japan-hiroshima-peace

このスピーチ、なかなか格調高かったこともあって、日本国内でもおおむね好評を博しました。
けれども、アラン・レネやマルグリット・デュラスが(原爆投下からわずか14年の時点で)提起した「広島で何かを見ることの不可能性」という視点は、みごとに欠落していたと言わざるをえません。
なにせ大統領、こう語ったのです。

原爆の惨禍は筆舌に尽くしがたいものだ。
しかしわれわれには、歴史を直視し、このような惨禍が二度と起こらないようにするには何を変えてゆかねばならないか、問いかける責任がある。
被爆者の肉声を聞き、彼らの体験に耳を傾けることは、いつかできなくなってしまう。
だとしても1945年8月6日の朝、広島で起きたことをめぐる記憶を、絶対に風化させてはならない。
(拙訳)

〈記憶もまた過去を変質させ、ついには破壊する〉という発想が見られないのは、まあ良しとしましょう。
それを認めてしまったら、今回の広島訪問自体に意味がないことにもなりかねないからです。

しかし歴史を直視するというのなら、広島に原爆を落としたのがどこの国かぐらいは、ハッキリ認めるべきではないでしょうか?
大統領のスピーチは、アメリカが核を保有していることについてこそ触れているものの、この点に関しては、ついに明言しませんでした。

のみならず。
本紙4月1日の記事「『悔しさ』を感じない戦後日本」で、施光恒さんが書いていますが、原爆投下直後の広島で人々がこぞって口にした言葉は、
「水を下さい」と
「仇を取って下さい」
だったのです。

後者の肉声は風化させてもいいのですか?
これに耳を傾けるかどうかで、何をどう変えてゆくべきかをめぐる結論も、少なからず影響されると思うのですが。

『二十四時間の情事』の日本人建築家ではないものの、オバマ大統領にたいして「君は広島で何も見なかった」と言いたくなるではありませんか。

もっとも遺憾ながら、何も見ていないことにかけては、わが安倍総理も変わらないようです。
オバマ大統領に続いて、総理もスピーチしましたが、そこでは戦後の日米関係の良好さがもっぱら強調されていました。
日米同盟をいっそう緊密なものとし、世界に希望を広めることこそ、広島・長崎の被爆者に報いる道だということです。

原爆投下にたいする謝罪の言葉を、大統領が口にしなかったことと合わせて考えると、今回の広島訪問は、
〈原爆の使用は致し方なかったことであり、ゆえにアメリカに罪はない〉
という歴史認識を確定させるきっかけとなるかも知れません。

慰安婦問題をめぐる日韓合意の表現を借りれば、最終的かつ不可逆的に、です。

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