コラム

2016年5月25日

【佐藤健志】学者の嘘と憲法九条

From 佐藤健志

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熊本地震では避難、復興の拠点となるべき公共施設等の被害も目立った。

民間住宅も含め、大きな被害を受けた建物の多くは、新たな耐震基準が適用された1981年以前に建てられた建物だった。これまで「危険だ」と何度も議論になってきたにもかかわらず、こうした旧耐震基準の建物の多くで、耐震化が先送りされてきた。その最大の理由は「財政問題」である。

「そもそも日本に財政問題などない」と語る三橋貴明が、日本の防災安全保障、さらには国土強靭化とは何かについて詳細に解説する。
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php

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先週に続き、今週も青木泰樹先生の著書『経済学者はなぜ嘘をつくのか』を取り上げます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4757224257

まずは、おさらい。
経済学者が嘘をつくにいたる構造を整理すると、以下のようになります。

1)経済学者は、みずからの理論の体系性や普遍性を高めようとしたあげく、人間のあり方に関する前提条件、つまり約束事を設定した。
問題の約束事は、人間は誰でも物欲の充足(=効用の最大化)のみをめざして行動するとか、当の行動は(主観と客観の双方において)つねに合理的であるとかいった、現実離れした要素を多々含んでいた。

2)くだんの前提条件について、理論を成立させるための約束事だという自覚が失われ、「現実離れしていない」と構えるのが当たり前になった。

3)その結果、少なからぬ経済学者が〈現実が理論通りにならないのは、理論ではなく現実のほうが間違っているのだ〉という信念を抱くにいたった。

4)この信念を実践すべく、「現実の中にある、理論では説明のつかない事柄を、いかにして存在しないものと見なすか」という点についての理論が発達した。〈不都合な現実は否認する〉ことが経済学界の支配的風潮となり、これに適応しないかぎり学者になれない傾向が強まった。

5)現実否認型の経済理論、およびそこから導き出される政策に、政治家や財界人(少なくともその一部)がメリットを見出した。

6)みずからの出世のために、現実否認型の経済理論や、それに基づく政策を、ことさら確信犯的にぶちあげる学者たちが登場した。

(1)の段階では、前提条件の非現実性を自覚しているかぎり、嘘は発生していません。
青木先生風に言うなら、「そのように仮定すれば、(結論は)そうなりますね」というだけの話。
確かにそうなるのです。

嘘が発生するのは(2)の段階。
現実離れしているものを、そうでないと言い張ることになるからです。

以後、(3)(4)と嘘の度合いは強くなってゆく。
ついでに注目していただきたいのは、(4)の後半と(5)において、嘘に実利が生じることです。
嘘をつくほうが、本当のことを言うよりも、おいしい思いができるのですよ。
かくして(6)では、声高に嘘が叫ばれるにいたる次第。

しかるにこの構造、経済学に限ったことではありません。
まったく異なる分野にも、みごとに応用できます。

たとえば戦後日本において、左翼・リベラルが長らく信奉し、今なお多分に信奉している絶対平和主義。
その根底にある理論は、次のように整理できるでしょう。

1)世界中の国々、およびその国民は、平和を心から愛好しているうえ、普遍的な公正と信義を共有し、かつ合理的に話し合う意思と能力を有している。
2)このため国家間のいかなる対立も、戦争や武力の行使、あるいは武力による威嚇なしに、話し合いによって解決できるはずである。
3)ゆえに安全保障を達成するために、軍事力を整備する必要はない。

上記の理論が現実離れしていることは、言うまでもありません。
けれども(1)について、〈客観的な事実認識〉ではなく、〈理論を成立させるための前提条件、ないし約束事〉と解釈したらどうなるでしょう?

そうです。
当の約束事を受け入れるかぎりにおいて、(2)の命題は正しいものとなり、したがって(3)の結論も妥当なものとなるのです!

経済学においては、すべての人間が「合理的経済人」であると見なすことが、理論を成立させるためのカギとなりますが、さしずめ絶対平和主義においては、すべての人間が「合理的九条人」であると見なすことが、理論を成立させるためのカギだと言えるでしょう。

そして「合理的九条人」の非現実性を自覚しているかぎり、この段階では嘘は発生していません。
「そのように仮定すれば、そうなりますね」というだけの話。
確かにそうなるのです。

ただし・・・
「合理的九条人」の概念が、理論を成立させるための約束事にすぎないという自覚も、例によって失われました。

自覚が失われた過程や構造については、『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』の第三章で論じましたので、詳しくはそちらをご覧ください。
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/

かくして、この前提条件についても「じつは現実離れしていない」と構えるのが当たり前になります。
少なからぬ絶対平和主義者が、〈現実が九条の理想通りにならないのは、九条ではなく現実のほうが間違っているのだ〉という信念を抱くにいたったとしても、何ら不思議はないでしょう。

くだんの信念を実践すべく、「現実の中にある、九条では説明のつかない事柄を、いかにして存在しないものと見なすか」という点についての理論が発達します。
〈不都合な現実は否認する〉ことが絶対平和主義の支配的風潮となり、これに適応しないかぎり、一人前の左翼・リベラルとは認められない傾向が強まったのです。

ハイ、嘘が生まれたうえ、強まってまいりました。

そして現実否認型の絶対平和主義、およびそこから導き出される政策に、政党や政治家がメリットを見出すにいたる。
ここでいう「政党や政治家」、何も左翼・リベラル系の野党とは限りません。

『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』でも指摘したように、わが国の保守派、つまり与党も、左翼・リベラルの非現実的な絶対平和主義を、アメリカへの自己主張の道具として利用してきたからです。

ならば!
みずからの出世のために、現実否認型の絶対平和主義や、それに基づく政策を、ことさら確信犯的にぶちあげる学者や言論人が登場するのは、まったく当然のことではないでしょうか。

観念的で非現実的な絶対平和主義が、戦後日本で影響力を持ち続けてきた理由は、〈経済学者が嘘をつき、それがまかり通ってしまう理由〉とまったく同じなのです!

ちなみに青木先生、主流派経済学の理論には「非自発的失業」(現行賃金で働きたいにもかかわらず、仕事がないので働けない状態)の概念がないとも指摘されています。
あらゆる失業者は、進んで労働力の供給をやめている「自発的失業」の状態にあるはずだという次第なんですね。

しかるに絶対平和主義にも瓜二つの現象が見られます。
この理論には「非自発的戦争」の概念がないのです!

非自発的戦争とは何ぞや。
こちらが話し合いで解決したいと思っているにもかかわらず、対立相手が戦争や武力の行使、または武力による威嚇に訴えてくる事態です。
普通の日本語で言えば、「侵略を受ける」が最も近いでしょう。

絶対平和主義のもとでは、そんな事態は起こりえません。
あらゆる戦争は、こちらが進んで話し合いをやめたことに起因する「自発的戦争」のはずだという次第なんですね。
だから相手が話し合いに応じるまで、譲歩すれば良いという結論になる。

絶対平和主義者が、〈日本が戦争できないようにさえしておけば、必ず平和は維持される〉と主張するのも、まことにもっともな話ではありませんか!
経済学者が嘘をつく理由が分かれば、他のこともいろいろと分かるのです。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)嘘をつくのは、経済学者や左翼・リベラルの専売特許とは限りません。保守派だって危ないのです。詳細はこちらを。

『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
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2)戦後日本が、おのれのあり方について嘘をついてきた過程と、そのメカニズムを詳述しました。

『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

3)近代日本そのものが抱える「現実離れした前提条件」についてはこちらを。

『夢見られた近代』(NTT出版)
http://amzn.to/1JPMLrY(電子版)

4)「観念論に取り憑かれたままソロバンをはじくと、これで帳尻が合ったような気になるらしい。(中略)カネを集めてくることができなくとも、革命集会が開ければよしとするわけである」(295〜296ページ)
主流派経済学のルーツも、フランス革命にあるのでしょうか?

『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
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5)「目下、アメリカに負債はない。独立を勝ちとるために借り入れをしたとしても、それはアメリカ人の偉大さを示す輝かしい証だ」(175ページ)
トマス・ペインの積極財政論は、世界史に新たなページを開きました。

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
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6)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
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