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2015年7月22日

【佐藤健志】敗戦70年目の「野火」

From 佐藤健志

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●●強制徴用で騒ぐ韓国が仕掛けた罠とは?
月刊三橋の今月号のテーマは、「歴史認識問題」です。
https://www.youtube.com/watch?v=vGLmma-WA14&feature=youtu.be

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いわゆる「安保法案」は、先週後半に衆議院で可決、参議院に送られることになりました。
国会の会期は大幅に延長されていますし、参議院でも与党は過半数を確保している。
ついでに同院に送ってから60日経っても採決されない場合は、あらためて衆議院で(今度は2/3以上の賛成をもって)可決すれば成立するという「60日ルール」もありますので、たぶん廃案となることはないでしょう。

ただし衆議院での採決をめぐっては、かなり紛糾が見られたのも事実。
ついでに内閣支持率も下落、「支持」を「不支持」が上回るようになっています。
http://www.j-cast.com/2015/07/19240607.html
http://www.sankei.com/politics/news/150720/plt1507200015-n1.html

参議院での採決でも紛糾したり、「60日ルール」の行使に踏み切ったりすれば、いっそうの下落は避けがたいでしょう。
状況次第では安倍政権が「死に体」になることもありうるのではないでしょうか。

ここで思い出されるのが、1960年に行われた日米安保条約の改定。
時の総理は、安倍総理の祖父にあたる岸信介ですが、このときも反対運動が盛り上がりました。
岸総理は結局、国会で改定の承認を得るのと引き替えの形で辞任することに。
敗戦から15年目の出来事です。

安倍総理は安保法制について「まだ国民の理解が進んでいる状況ではないが、いずれ必ず評価される」という旨を語っているものの、敗戦70年目の今年、果たして歴史は繰り返されるか?

ちなみに安保改定の際は、年末に解散・総選挙を行って潮目を変えるという手が使われたものの(自民党は296議席を獲得して大勝しました)、安倍政権は昨年、消費増税の実施先送りと関連して、すでに解散・総選挙をやっている。
だとしても、ここまで来たあとで、まさか法案を成立させずにすませるわけにもゆかないでしょう。
今後の経緯が注目されるところですが・・・

そんな2015年の夏、ご紹介したい映画があります。
塚本晋也監督の「野火」。
今週の土曜日、7月25日より、渋谷のユーロスペースや、立川シネマシティほかで、全国順次公開の予定です。

原作は1952年に刊行された大岡昇平さんの傑作小説。
太平洋戦争末期のフィリピンを舞台に、田村という中年の兵士がくぐり抜けた壮絶な体験を描いています。

結核を患っていたせいで、所属部隊から追放された田村は、飢えに苦しみながらジャングルをさまよう。
田村に限らず、日本軍は総崩れ状態で、兵士たちは生きているのがやっとのありさまです。
米軍に出くわしても、まともな戦闘にはならず、一方的に殺されてしまうだけ。

そんな中、逃げのびた敗残兵の間で〈仲間を殺して肉を食べる〉ことが始まる・・・

この作品については、「表現者」61号に掲載された「汝の右手がなすことを」でも論じましたので、興味のある方はぜひご覧下さい。

「野火」は1959年にも市川昆監督が映画化していますが、塚本監督によれば、旧作のリメイクではなく、あくまで原作から感じたものを映画にしたとのこと。
25年ぐらい前から映画化を考えていたものの、予算がかかりそうなこともあって延び延びになっていたそうです。
試写会における挨拶では、「大監督になって、お金持ちになったらやろうと思っていた」と、ユーモアをこめて語る一幕も。

とりあえず塚本さん、戦争体験者へのインタビューから始めたそうです。
しかし、資金はなかなか集まらない。
そんな中、低予算でもとにかくやるんだと一念発起。
監督いわく、「(プロジェクトを)形にできない作り手の危機感と、戦争へ向かう世になっていないかという危機感」に駆られたそうです。
http://www.sankei.com/west/news/150720/wst1507200006-n2.html

塚本さんはお父様の遺産を製作費に当て、監督・脚本・編集・撮影・製作の五役をこなしました。
のみならず、役者としての経験を積んでいたこともあって(※)、田村役で主演までしているのです!
(※)2002年には毎日映画コンクール男優助演賞を受けています。

映画人としてのすべてを注ぎ込んだ、執念の一作と言えるでしょう。
はたせるかな、完成した映画には、予算面の制約を超越した強烈なインパクトが宿りました。
というより、低予算でつくったからこそ、かえって原作の本質に迫ることができた感があります。

巨額の予算をかけて「戦争」を描くとなれば、どうしても派手なスペクタクルを随所に盛り込みたくなるところ。
大勢のエキストラや、本物の兵器を動員し、パノラマ的な戦闘場面を展開する・・・というアレです。
状況の説明も、きっちりなされるのが普通でしょう。

しかし戦場にいる兵士にとって、自分の置かれた状況がきっちり説明されることはないし、まして物事が〈派手なスペクタクル〉のように見えることはありえない。
次の瞬間には、自分が死ぬかも知れないのですから。

塚本版「野火」に、パノラマ的な戦闘場面はありません。
状況の説明もなし。
戦争、とくに一方的な負け戦が、兵士の心身をどのように破壊してゆくかという点だけを、ひたすら描き続けるのです。
このような描き方は、いわゆる「エンターテインメント」の枠に収まらない点で、低予算映画ならではのものですが、原作の精神にも忠実なものと言えるでしょう。

プレスシートに収録されたコメントで、塚本監督はこう語ります。
「映画は一定の思想を押しつけるものではありません。感じ方は自由です。しかし、戦争体験者の肉声を身体にしみこませ、反映させたこの映画を、今の若い人をはじめ、少しでも多くの方に観てもらい、いろいろなことを感じてもらいたいと思いました。そして議論の場に使っていただけたら幸いです」(表記を一部変更)

(※)塚本監督のコメントは、映画のオフィシャルサイトでもご覧になれます。下記URLにアクセスのうえ、「イントロダクション」のページをどうぞ。
http://nobi-movie.com

戦争は多くの側面を持ったものであり、単純に肯定することも否定することもできません。
ただし戦争が〈人間の破壊〉を伴うことは、否定しがたい事実です。

敗戦から70年目にあたるうえ、安保法制をめぐる議論が繰り広げられている今夏、法案に賛成の方も反対の方も「野火」をご覧になってはいかがでしょう。
映画と原作では、終盤の展開に違いがあり、結果的に作品としてのニュアンスも異なるのですが、両者を比較するとさらにいろいろ見えてくると思います。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)7月31日(金)、表現者シンポジウム「戦後70年 隘路(あいろ)にはまるか、日米同盟」にパネリストとして登壇します。
詳細は以下の通り。

会場 四谷区民ホール(18:30開場、19:00開演、21:00終演)
他のパネリスト 佐伯啓思さん、白井聡さん、中島岳志さん、富岡幸一郎さん、西部邁さん。
会費 1500円

参加ご希望の方は、お名前、ご住所、お電話番号、参加人数などをご記入のうえ、郵送、ファックス、メールのいずれかにて西部邁事務所までお申し込み下さい。連絡先は以下の通りです。

郵送の場合 〒157-0072 東京都世田谷区祖師谷3-17-22-303
ファックスの場合 03-5490-7576
メールの場合 hyogensha@gaea.ocn.ne.jp

なおメールで申し込まれる場合は、スパムと混同されないため、件名に「表現者シンポジウム参加希望」と明記して下さい。

2)1960年の安保改定の内幕や、それが持った意味合いについてはこちらをどうぞ。
「僕たちは戦後史を知らない 日本の『敗戦』は4回繰り返された」(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

3)「軍人ほど平和を願う者はいない。いざ戦争となったとき、いちばん大変な思いをするのだから」(ダグラス・マッカーサー)
戦争こそ、国家が直面する最大のパラドックスではないでしょうか。

「愛国のパラドックス 『右か左か』の時代は終わった」(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

4)「政治的才覚というものを、フランスの革命派が少しでも持ち合わせているのなら、戦争をめぐる権限のあり方を見直すことを勧める」(241〜242ページ)
225年前の言葉は、ますます意味深長なものとなっています。

「〈新訳〉フランス革命の省察 『保守主義の父』かく語りき」(PHP研究所)

http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
http://amzn.to/19bYio8 (電子版)

5)「安全保障を他国に依存すべからず」(183ページ)
1776年、アメリカが独立戦争を始めるにあたって展開された主張です。これもまた、かつてなく意味深長では。

「コモン・センス完全版 アメリカを生んだ『過激な聖書』」(PHP研究所)
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http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

6)そして、ブログとツイッターはこちらです。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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