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2015年5月28日

【柴山桂太】米国版TPP論争

From 柴山桂太@京都大学准教授

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●●三橋貴明が実践する経済ニュースを読む技術とは?
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp

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TPPを巡って、アメリカ政治の動きが慌ただしくなっています。TPA(大統領貿易促進権限)法案は、5月22日に上院を可決。一時休会明けの6月から下院での審議が始まりますが、難航が予想されています。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015052301000959.html

上院では為替条項の導入を求めた修正案が反対多数で否決されましたが、下院の情勢は不透明です。別の記事によると、為替条項は下院でも提出される模様。票読みは最後まで難しく、ぎりぎりまで攻防が続けられるようです。
http://mainichi.jp/select/news/20150524k0000m020020000c.html

TPPの評価は、識者の間でも分かれています。賛成派が自由貿易のメリットをさかんに強調しているのに対し、反対派はTPPの経済的メリットがさほど大きくないこと、また知的財産やISDS(国家対投資家の紛争解決)条項のもつ危険性を主張しています。その内容は、少し前に日本で行われた論争によく似ています。

例えば経済学者のマンキューは、自由貿易に賛成するのは経済学者として当然だとした上で、それに反対するのは民衆の「外国嫌い」や「反市場心理」に由来する非合理的な態度と切り捨てています。
http://nyti.ms/1cYzIZD

他方、同じく経済学者のクルーグマンは、TPPを自由貿易のメリットという観点から評価するのは無理筋だとして、二つの理由を挙げています。
http://nyti.ms/1Hz2dHO

まず、自由貿易は戦後70年でほとんど実現しているということ。特に関税面では、加盟国の平均関税率は6.8%と低い水準にあり、これは為替のちょっとした変化で吹き飛んでしまうほどのものでしかありません。
http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/05/21/tariffs-versus-currencies/

第二に、TPPは「貿易」協定ではないということ。すでに低い関税が撤廃されたとしても、この協定の真の主役は知的財産やISDSであり、これらがアメリカ人の真の利益になるかどうかは分からないとしています。

例えば薬の特許が延長されれば製薬会社は儲かりますが、消費者にとっては負担が重くなるだけです。また、薬価の高止まりは途上国の貧困層に致命的な打撃を与えかねません

ISDSについては、今年2月に上院議員のエリザベス・ウォーレンのワシントン・ポスト紙への投稿が話題になりました。
http://wapo.st/1DcOfqo

内容は、巨大企業が政府を相手に巨額の賠償金を、それも国内法ではなく国際仲裁機関を通じて提訴できる仕組みは、主権国家への重大な侵害となるというもの。もし企業が不十分な法システムを持つ国に投資したいなら、ISDSではなく保険で対応すべきだとしています。

ウォーレンは、先進国相手の貿易協定にISDSを組み込んだ場合、アメリカ政府が訴えられる事案が多発すると警告を発しています。日本では、アメリカ企業による濫訴が懸念されていますが、アメリカでは日豪の大企業からの提訴を恐れているというのは、興味深い対照です。

クルーグマンは、ウォーレンの見方に賛同して「TPPはアメリカ政府に政策の変更や大きな調整を強いるかもしれない」と述べています。これは杞憂ではありません。最近、カナダの蔵相がNAFTA協定違反だとしてボルガー・ルールを槍玉に挙げました。日本ではあまり報じられていませんが、アメリカでは大きな問題になっているようです。
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0Y46SQ20150513

TPPも、巨大企業に法外な権限を与えることで、ウォール街改革を遅らせたり骨抜きにする可能性があります。この懸念は、アメリカにとってだけでなく日本にとっても重要と言えるでしょう。外国銀行によって提訴される可能性があると、金融規制を強化しようとしても当局が二の足を踏む可能性があるからです。

同様の指摘は他にも多数あることを考えると、やはり知的財産とISDSは相当に問題含みです。日本では関税、特に農業関税の撤廃ばかりに注目が集まりますが、本当の危険は関税以外の分野にあると言わざるを得ません。

米国版TPP論争は、下院での決議が近づくにつれて激しさを増すものと思われます。日本はどうでしょうか。関税面では、日本は譲歩を重ねまくっているようですし、知的財産やISDSで激しく抵抗したという形跡もありません。世論の関心も、数年前までの盛り上がりは何だったのかというくらい、失われているように見えます。

TPPは、本当に日本の長期的国益に適うものなのか。新しい情報を踏まえて、もう一度、トータルな検証が必要です。

PS
月刊三橋最新号のテーマは、「日本経済の大問題」。

マスコミが報じないTPP交渉の真の問題点、
日銀は何を間違えたのか? 「国の借金問題」のウソ、
大阪都構想、リニア新幹線、原発再稼働ほか、2015年上期の経済ニュースを徹底解説

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

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【柴山桂太】米国版TPP論争への4件のコメント

  1. ぱなとりん より

    確かに、アメリカ企業から日本が提訴される可能性のみを考えていましたが、アメリカ企業の日本法人(等の海外法人)がアメリカを訴える可能性もあると気づきました。

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  2. mxpbh より

    アメリカの動向は意外でした。毎朝、職場で新聞各紙の情報を得る業務があるのですが、TPAの記事が毎日書かれた社もあるものの、時間がありませんので、まったく読まずというか、読む余裕もなく、仕事に関連する記事だけをスクラップし上司に閲覧させていました。地方紙や日本農業新聞なんかに多く記載がされていると覚えています。柴山さんのメルマガを見て感じたことは、日本の政治、財界、マスコミ、国民は、それぞれいろんな事情があるのはわかりますが、やはり、アメリカと比べると愚かな国だな、の一言でした。

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  3. メガゾーン より

    >巨大企業が政府を相手に巨額の賠償金を、それも国内法ではなく国際仲裁機関を通じて提訴(馬鹿な突拍子もないコメントで失礼します) 究極的には仲裁を解決できないときは、巨体企業(民間軍事会社やテロリスト集団を雇い)が国にたいして武力行使により制裁‥‥あり得ませんね。いや、安倍総理は既に売国しているじゃないか。総理の頭はパソナやグローバル企業に天下り先を求めることに余念がないのか。もう何もかも嫌になる。

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  4. ぬこ より

    さすが、ナチスとツーカー(スポンサー様の説も)だっただけのウォール害様だけはあって、やる事はクリソツどすわよね。

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