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2015年4月1日

【佐藤健志】<演劇的経済論>過剰なメリハリの問題点

From 佐藤健志

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先週の記事では、中野剛志さんの著作『資本主義の預言者たち ニュー・ノーマルの時代へ』(角川新書)を題材に、

社会規模において、過去・現在・未来に(おおよそ)筋が通っていなければ、誰も豊かで充実した人生を送ることはできず、よって経世済民も実現されない
という点を提起しました。
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しかるに「過去・現在・未来に筋を通す」というのは、じつは「物語をつくりあげる」こととイコールなのです。
論より証拠、中野さんは京都大学にいたころ、物語論を研究していた。
私との対談本『国家のツジツマ 新たな日本への筋立て』(VNC)で、その理由をこう語っています。

(人間が物語を必要とする理由の一つは)時間という問題ですね。人生というのは異時点の間をつなげるということです。例えば三十歳のときの僕と、四十二歳の今の僕とは、同じ人間だということです。(中略)
三十のときの僕、二十のときの僕、十五のときの僕、今の僕、すべて「中野剛志」として一緒ですと言えるのは、本来違うものを(物語の力で)一緒としてつなげているからで、これを「アイデンティティ」と言うんです。
(22ページ。カッコは引用者。文中の年齢は刊行当時のもの)
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つまり経世済民の実現は、「社会全体で<良い物語>をつくりあげる」ことと密接に関連していると言えるでしょう。
ならば<良い物語>をつくるうえでポイントになるのは何か。

まず重要なのは論理性です。
筋の展開がワケワカでは、物語も何もあったものではないでしょう。
名演出家・浅利慶太さんの言葉を、今週もご紹介したいと思います。

芝居は太い筋の上に、大きな主題を起承転結という時の流れで展開してゆく。緊密なものにしてゆくためには、その構成がきわめて論理的でなければならない。「論理」こそ劇芸術の基本である。西洋の劇は、まさに体質的にそうなっている。
(『浅利慶太の四季』第二巻、慶應義塾大学出版会、327ページ。表記を一部変更)

しかるにお立ち会い。
物語の論理性を弱める大きな要因の一つは、強引にメリハリをつけようとすることなのです!

この傾向、「プロット・ヘヴィー」(起伏過剰)と呼ばれます。
典型的な例は、最近のハリウッド娯楽映画ですね。
「とにかく盛り上げなければ!」とばかり、派手な見せ場を次から次へと詰め込もうとする構成の作品が多い。
すると、どうなるか?

まず登場人物の描写が浅薄になる。
独自の意志と人格を持った存在というより、見せ場をつくりだすための駒、ないし操り人形と化してしまいます。
台詞も、どこかで聞いたようなものになりやすい。

つづいて場面と場面の間のつながりが弱くなる。
派手な見せ場ばかり、どんどん繰り広げられるのですから当然の話です。
映像自体は、アクションが工夫されていたり、精巧なCGが駆使されたりと緊密かも知れませんが、肝心の筋は緊密でなくなってくるんですね。

けれども筋が緊密さを欠き、人物描写が浅薄な作品で、映像ばかりが派手になってゆくと、いったいどうなるでしょう?
そうです。
「何でもあり」の印象が強まり、物語のリアリティが崩れてしまうのです。

さて。
これを『資本主義の預言者たち』における、次の記述と比較してみましょう。

不安定に変動する、不確実性の高い社会においては、人間は、目の前の事態への対応に追われてしまう。
(256ページ)

将来の見通しをおおよそ立てることができる安定した社会でなければ、自分の人生を長い目で見て設計することはできない。しかし、無規制な自由が認められた市場は予測不可能に変動し、社会の不確実性を高める。

そのような不安定な社会で自由を認められても、誰も自分の望むような人生を送ることはできない。そして、その不確実性の最悪の事態が、資本主義がもたらす恐慌なのである。
(270〜271ページ)

そっくり同じだと思いませんか?
実際、中野さんの記述をちょっと書き直せばこうなります。

メリハリをつけようとしすぎた作品は、不安定に変動する、不確実性の高いものとなる。その場合、登場人物はそれぞれの見せ場に巻き込まれるだけの操り人形と化し、観客も目の前の場面を追うのが精一杯になる。

筋の見通しを(観客が)おおよそ立てることができる、安定した構成がなければ、テーマやドラマを掘り下げることはできない。しかし、見せ場を詰め込みすぎた作品は予測不可能に変動し、筋の不確実性を高める。

そのような不安定なシナリオのもとでは、登場人物が魅力的に見えることはありえない。そして強引なメリハリのつけすぎによって生じる最悪の事態が、「見せ場は派手だが、何でもありでついてゆけない」という、<不確実性による退屈>とも呼ぶべき顛末であり、それがもたらす興行的失敗なのである。

中野さんは『資本主義の預言者たち』の結論部分で、真に安定的な経済システムは、急激で深刻な経済危機をもたらさないかわり、急成長や(危機からの)急回復ももたらさないだろうと述べています。

さらに当該の経済システムは、資本や企業のグローバルな行動の自由を、さまざまな形で大きく制約することになるものの、それらの制約があってこそ、人々は長期的な視点で人生を設計し、本当の意味で自由に生きられるようになるのではないかと指摘しています。

この主張、経済論議としてはパラドキシカル(逆説的)に感じられるかも知れませんが、作劇の観点から言えば、しごく当然の正論にすぎません。

過剰なメリハリから解放されたシナリオのもとでこそ、筋は本当の意味で緊密となり、テーマも深くなる。
登場人物もふくらみを持ち、魅力的に行動することができるようになります。
そんな作品は、爆発的大ヒットにはなりにくいものの、大コケすることもなく、手堅く成功する場合が多い。

シェイクスピアは演劇を「時代にたいして掲げられた鏡」と呼んだものの、この鏡をのぞきこむことには、たんなる娯楽を超えた意義があるのです。
ではでは♪

PS
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