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2014年10月3日

【施 光恒】国民の絆の打破?

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございま〜す(^_^)/

いつの間にか10月ですね。年々、時間がたつのが早く感じられます…。まあ秋は好きなのでいいんですが。

ところで最近では下記の記事が気になりました。

「分断社会: 米国中間選挙 南部ジョージア州に新市 富裕地区が「独立」「納税と恩恵、釣り合わぬ」」(毎日新聞 2014年09月28日)
http://mainichi.jp/shimen/news/20140928ddm007030059000c.html

アメリカでは近頃、富裕層の多く住む地域が、貧しい周辺地域を切り離し、新しい自治体を作る例が増えているそうです。この記事では、アメリカ南部のジョージア州のフルトン郡ミルトン市の例があげられています。フルトン郡は、北部は裕福な人々が多く暮らし、南部は貧しい地域です。2005〜2006年に、フルトン郡では、ミルトン市を含む三つの市がいわば「分離独立」し、新しく成立したそうです。

北部の豊かな人々は、自分たちの税金が貧しい郡南部の地域に多く使われることが不満でした。また、支払う税金に比べ、自分たちが受けることのできる公共サービスの水準が低いことにも我慢がならなかったようです。

それで富裕層の多い北部は、新しい市を自分たちで作り、貧しい地域を切り離しました。それによって、南部地域の人々と公共サービスを共有するのをやめました。相互扶助の関係を断ち切ったわけです。

豊かな層が新しい市を作り、貧困地域との関係を断ち切っていく「分離独立」の事例については、NHKも4月に番組で特集していました。こちらでは、やはりフルトン郡の三つの市のうちの一つサンディ・スプリング市が取り上げられていました。

「“独立“する富裕層──アメリカ 深まる社会の分断──」(NHK『クローズアップ現代』2014年4月22日放送)
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3488_1.html

このような自治体の「分離独立」の事例は、アメリカ人相互の連帯意識(仲間意識)が希薄になり、アメリカ社会の統合力が落ちてきていることの現れでしょう。

ミルトン市やサンディ・スプリング市のような富裕地区が分離した結果、フルトン郡では様々な問題が生じています。残された地域は、富裕地区から得ていた税収が減り、公共サービスのレベルが格段に低下しました。記事にあるように、「公共図書館の開館時間が短くなる」、「公立病院の予算が削減される」、「ゴミ収集の頻度が減る」、「道路などのインフラの維持・整備がおろそかになる」といった弊害が出ています。

格差社会だから連帯意識が薄くなるのか、それとも連帯意識が薄いから格差社会化が進むのか、どちらが先かはよくわかりませんが、格差社会化も国民相互の連帯意識の希薄化も、どちらも深刻化しているのが現在のアメリカです。

アメリカ社会の格差社会化や連帯意識の希薄化の進行を表す事例として、医療費の高騰もあげられるでしょう。

以前、ネット上で話題になっていましたが、アメリカの20歳の男性が、医療費の異常な高さを多くの人に知ってもらおうと、自分が盲腸の手術で一泊入院した後に病院から届いた請求書の写真を、ある海外のサイトにアップしました。
http://acidcow.com/pics/54532-how-much-it-costs-to-treat-an-appendicitis-in.html

この男性、病院から(一ドル=109円として)薬代26万円、手術料70万円、麻酔代50万円など合計598万円(5万5029ドル)も請求されたそうです。

幸い、この若い男性の場合、彼の父親の保険が8割がた負担してくれたそうですが、それでも121万円は支払わなければならない羽目に陥ったとのことです。

ネット上の情報なので、これは少々極端な事例なのではないかと感じる方もいるかもしれませんが、どうも現在のアメリカでは医療費がこのような額になることはそれほど珍しくないようです。

日本の外務省のサイトにある「在外公館医務官情報 アメリカ合衆国(ニューヨーク)」は、渡米する日本人にアメリカの高額な医療費について注意を促しています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/n_ame/ny.html

このサイトでは実際に請求を受けた過去の例として、次のものが挙げられています。

・急性虫垂炎+腹膜炎(8日入院)で7万ドル(760万円)
・上腕骨骨折の入院手術(1日入院)で1万5千ドル(163万円)
・貧血による入院(2日入院,保存療法施行)で2万ドル(217万円)

同サイトは、「病気や怪我など1回の入院で数百万円から1千万円になることを覚悟してください」と警告しています。ニューヨークはアメリカの他の地域と比べても医療費が特に高いそうですが、アメリカでは少々捻挫したり骨折したりするだけでも、ひと財産軽くふっ飛んでしまいそうです。

医療費がこんなに高額だと、保険加入者の医療保険代はバカにならないでしょうし、もし保険に加入していなかったらちょっとした病気や怪我で一挙に破産かもしれません。治療に少し長い時間を要する病気や怪我などしたら、少なからぬ人々が貧困層に陥ります。

これではアメリカの格差社会化も進みますし、国民相互の連帯意識も壊れていきます。盲腸で一泊入院しただけで600万円近く請求されるような社会では、社会への愛着とか、連帯意識といった呑気な感情は育まれようがありません。

アメリカのような格差社会化や連帯意識の希薄化は、日本にとっても対岸の火事ではなさそうです。道州制を導入すれば徐々に地方間格差は深刻になります。また現政権は、TPPに入って医療や保険の「岩盤規制」をわざわざ打破すると公言しているわけですから。

そもそも失業手当や医療保険の受給権、労働者の様々な権利などのいわゆる「社会権的基本権」は、貧困からの救済という考慮だけでなく、格差拡大によって国民相互の連帯意識が失われるのを防ぐという考慮から広まったという側面があります(T・H・マーシャル『シティズンシップと社会的階級』)。

「岩盤規制の打破!」などと言っていると、ついでに国民の連帯の絆も断ち切ることになりそうです。

おまけに日本の場合は、言語的分断も取り入れようとしてますしね。その一環として下記のような記事も最近でてました。

「英語 小学5、6年生で正式教科に 提言」(『NHKニュース・ウェブ』2014年9月26日)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140926/k10014901901000.html
「英語 小5から教科に 有識者会議提言、18年度にも」(『毎日新聞』2014年09月27日)
http://mainichi.jp/shimen/news/20140927ddm001100200000c.html

小学校で英語が正式教科化されれば、私立中学の多くは英語を受験科目に加えます。幼いころから子供に短期留学させたり英会話学校に通わせたりできる家庭の子が有利になり、ますます教育格差が広がるでしょう。

加えて、近い将来には、「英語派日本人」と「日本語派日本人」との間の対立も生じるでしょうし。
(_・ω・`)

戦後の日本人はアメリカから学ぶのが好きですが、今必要なのは、アメリカさんは新自由主義のヘンなイデオロギーに囚われてしまって大変だなぁ」と反面教師として冷静に学ぶ姿勢だと思います。

だらだらと失礼しますた…。
<(_ _)>

PS
三橋貴明の最新ダイジェスト動画。
情報工作としての「いわゆる従軍慰安婦問題」とは?
https://www.youtube.com/watch?v=uZknbK44rpY&feature=em-subs_digest

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【施 光恒】国民の絆の打破?への9件のコメント

  1. ofu_1 より

    米国内で一人のエボラ熱病患者が亡くなりました。恐怖の医療費から逆算しますと、病院へ行かない、いけない人々の大量感染が考えられます。 私は売文業ではありませんので探究はしませんがネタになるような気がします。亡くなるまでの費用総額、保険の適用、予想患者数などなど。

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  2. 三須雅彦 より

    アメリカの政治学者や知識人は、国民の連帯の意識の低下をどのように捉えているのでしょうか。富裕層の新しい自治体創設を好ましいことだと考えているのでしょうか。貧困層に金を使うよりも、富裕層が自分たちで金を差配することが、民主主義に適うことだ考えたり、貧困層の荒廃した生活に金を使うより、富裕層に金を多く配分する方が経済的に合理的であると考えたりしているのでしょうか。どこの国にもいると思いますが、社会的弱者に寄り添うことによって、政治家になったり、政治思想や言論、政治運動を展開したりするリベラルな人々がいると思うのですが、富裕層の新しい自治体創設に対して、どのような態度をとっているのでしょうか。日本も他人事ではないので、アメリカの知識人の動向を、ご教示して頂きたいと思います。一つの国で、富裕層の奇麗な街があったと思ったら、川を隔てた対岸では荒廃した廃墟のような景色が広がっているという国にアメリカはなろうしているのでしょう。日本が見習う国ではないと思います。

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  3. poti より

    うーん、日本の場合、アメリカ的な状況になる前に外国からの侵略を受けそうな気がしますアメリカとは違って地域において軍事的に卓越している、とは言えないですし現状の路線を続けると文字通り日本国が地図上から消滅するんじゃないでしょうかまぁ、それでもいいジャップのが多数派なのかもしれませんが

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  4. 子芥子 より

    国民皆保険のおかげで私のような貧乏人でも病院に行くことができるのでありがたいです。日本ってすばらしい!しかしその皆保険を打破する存在が「混合診療」なのですが(なぜ混合診療がダメなのかググってみてね、すぐに見つかります)その「混合診療」を推し進める新政党がなぜか保守層に大人気…保守が日本の良い所を壊してどうするの?この政党のサイト、自称保守が小躍りしそうな勇ましい文言が並んでますでも、そんな空気に流されない堅実な判断が真の愛国者には求められているのだと思います(日米開戦に反対した山本五十六元帥の如く、彼を臆病者と揶揄する現代人はいませんよね)保守層が政治家に釣られる(利用される)光景はもう安倍総理で十分です保守層も条件反射で餌に食いつかぬように心がけたいものです(小並感)

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  5. ofu_1 より

    米国の救急救命室(ER)の現状と費用などもフィルターなしで開示してください。

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  6. ぬこ より

    マイケル・緑とか言われる「影の総理」が退陣しない限りは状況は変わらないのではないでせうか?今のパペットのアメさんでは何もできないのかと。亡国を食い止めているというよりは、進んで加担している気がするのは小生だけなのでせうか?

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  7. ぱなとりん より

    公共に係る費用の低減と聞いて夕張市に住む人を思い出しました。同じ日本人なんだから税金を投入して助け合おうぜ!ではなく、破綻した夕張市の自己責任、無関心でただただ大変ね、あるいはそんな場所に住む市民の自己責任、好きでその場所に住んでいるんだろ!みたいな感覚を多くの日本人が思っているんじゃないでしょうか。

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  8. 神奈川県skatou より

    施先生の前回のお話でもありましたとおり、英語教育、英語でビジネスという推進は本当に是なのか、いろいろな角度からよく考えたほうがよさそうに、自分にも思われます。さきごろ某学会にて、母国語でない言語による副作用についてワークショップならびにポスター発表がありました。母国語ほど習熟していない言語を操る場合は思考力が一時的に低下するという議論、また音韻の認識に顕著な低下がみられる実験結果等も紹介されていたと思います。(日本認知科学会第31回大会)(WS3)(P1-21)なので、率直に言って、「会社ではすべて英語」なんて、賢い判断とは思えないなぁという気持ちです。また小学生から英語をやれば「国際ビジネス力が強まる」とか、サッパリ分からないなぁと個人的には思います。

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  9. たかゆき より

    覚悟社会♪人間として生まれてきたことが最大の不幸である と覚悟を決めて生きなければならないそんな社会になりそうですね。ある心理学者(名前は失念)がおっしゃってました「義務教育は小学4年までにすべし」と小4までに 読み書き計算を仕込みそれから先は各自の判断にまかせて勉学なさるなり 社会に出るなりお決めなさい。たしかに労働力不足や出生率低下の解消義務教育予算の大幅削減GDPの増加等々多くのメリットはあると存じます。義務教育と徴兵制は同じ年に施行されたようですけどそれが何を意味するかは明白ですね。

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