【柴山桂太】非凡な平凡人

From 柴山桂太@京都大学准教授

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ドイツはいま、5つの難問に直面しているという。
フォルクスワーゲンの排ガス不正問題、世界的なデフレ、ギリシャ問題、難民問題、ウクライナ問題。

ウクライナ問題はやや特殊な事柄ながら、他の4つの難問はほぼ根っこを同じくするという。

「グローバリズムは現代の帝国主義だ」と主張する三橋貴明が、
ドイツが難問を抱えることになった背景、経済学の間違い、
そしてグローバリズムという名の「新帝国主義」について詳しく解説する。

月刊三橋11月号「ドイツのバカの壁」が聞けるのは本日12/10まで
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php

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先日、テレビで面白いドラマを見ました。NHK「経世済民の男 小林一三」です。
http://www.nhk.or.jp/dsp/keisei/ichizo/

小林一三(1873-1957)は戦前の大阪を代表する実業家で、阪急電鉄や宝塚歌劇の創始者として知られています。慶応出身で、日本の経済界に一大勢力をなした「福澤山脈」に連なる一人でもあり、第二次近衛内閣では商工大臣を務めたこともあります。

というと華麗なる経歴に見えますが、若い頃の花柳界遊びで新聞沙汰になるスキャンダルを起こしたり、事業が思い通りに行かず何度も頓挫しかかったり、役人との権力闘争に負けて大臣を辞任させられたりと、失敗の連続でもあったようです。ドラマでは、小林のこうした人生をコメディタッチで描いていて、偉大な実業家というよりは「非凡な平凡人」としての顔を強調する仕立てとなっていました。阿部サダヲや奥田瑛二、瀧本美織の好演もあって、よく出来たドラマになっていたと思います。

ドラマを見て印象に残ったことがいくつかあります。まず、戦前の経済の中心地はなんといっても大阪だったということ。小林は甲州出身で、もともと大阪に地縁がなかったのですが、大阪での銀行員生活(ドラマでは文学の夢を諦めきれず、花柳界遊びにばかり精を出す冴えない銀行員として描かれていますが、伝記などを読むと本当にそうだったようです)を通じて次第に実業家としての本能に目覚めていきます。

小林が大阪にやってきたのは日清・日露戦争期で、大阪が起業ブームに沸いていた時代でした。その中心にいたのが、産業界にリスクマネーを提供していた金融家たちです。小林に決定的な影響を与えたのは、銀行員時代の上司だった岩下清周でした。

後に岩下は北浜銀行を設立し、今日いうところ投資銀行業務を開始します。また岩下は社会資本が日本に発展には不可欠という信念の持ち主で、大阪電気軌道の社長時代には生駒トンネルの建設を実現しています。北浜銀行は無理な融資がたたって破綻してしまいますが、民間人の立場から社会資本の整備に取り組むべしという岩下の信念は、小林に受け継がれていきます。

つぶれかけた電鉄会社(箕有電軌)の経営者となった小林が、路線の拡張や宅地開発、ターミナル駅でのデパート事業や宝塚少女歌劇など数々のアイデアを繰り出して、事業を成功に導いた物語はよく知られています。こうした発想の元にあったのは、中間層がいずれ経済社会の主役になるという小林のビジョンでした。郊外の一戸建てに住む普通の家族が、たまの休みに電車にのってデパートに行き、買い物や食事、観劇や映画を楽しむ。これは戦前・戦後にかけて形成された日本型中間層のライフスタイルですが、小林はそれを先取りした事業家でした。

戦前はあれほど栄えた大阪も、いまでは衰退を余儀なくされています。中間層も次第にまとまりを失って、住環境やライフスタイルも様変わりしました。しかし、都市の発展に社会資本の整備は不可欠であり、普通の家族のささやかな楽しみを提供することに事業の本道があるという創生期の事業家の信念には、今日なお引き継ぐべき何かがあると思えてなりません。

ドラマは、小林が生前最後に行ったスピーチが再現されていました。
「働くというのはね、本来とっても楽しいことなんです。夢を描いてね、知恵を絞る。その果てに笑ってくれる人がいる。その対価として報酬がついてくる。これがね、楽しい。実に楽しいことなんですよ。自分の人生がここにあると感じることができる。…努力はね、絶対に報われなきゃなりません。報われると嬉しいでしょ。立場が変わったら今度は報いようとするでしょ。そういう循環を持つ社会は、頼もしいことになると思うんです。」

「報われると嬉しいでしょ、立場が変わったら今度は報いようとするでしょ」という言葉は、それだけを取り出せば常識的に過ぎるメッセージになってしまいますが、戦前・戦後の日本の混乱期を生きた小林一三という実業家の、波乱に満ちた生涯を締めくくる言葉として聞くと、胸打たれるものがあります。経済社会はこの一〇〇年で複雑怪奇に進化してしまいましたが、生活の根本にある常識は変わっていないのだと、あらためて感じた次第です。

<お知らせ>
表現者最新号、特集は憲法改正です。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0170CLM6G

—発行者より

ドイツはいま、5つの難問に直面しているという。
フォルクスワーゲンの排ガス不正問題、世界的なデフレ、ギリシャ問題、難民問題、ウクライナ問題。

ウクライナ問題はやや特殊な事柄ながら、他の4つの難問はほぼ根っこを同じくするという。

「グローバリズムは現代の帝国主義だ」と主張する三橋貴明が、
ドイツが難問を抱えることになった背景、経済学の間違い、
そしてグローバリズムという名の「新帝国主義」について詳しく解説する。

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
※月刊三橋11月号「ドイツのバカの壁」が聞けるのは本日12/10まで

7 thoughts on “【柴山桂太】非凡な平凡人

  1. 情けは人のためならず
    金は天下の回り物

    というような言葉の真意を一昔前はすべての大人が常識的に持っていたと思います。
    この様な言葉を当然のことと認識するだけでも社会はよほど安定して、
    経世済民がたやすく実現するでしょう。

  2. はじめまして。
    私もこのドラマを感銘深く観ました。
    阪急沿線で物心着いた頃から慣れ親しんだ電車ですから。
    小林十三さんは、とてもロマンチストで、よいもの、美しいものが好きな、美的感覚の優れて鋭い人だったのだなあ、と、
    (すみれの花咲く頃、を作曲したり、かの宝塚歌劇!)
    阪急沿線の、よいところ、美しいところは、小林十三さんの、マインドの遺産で、
    私の子供時代もその恩恵にあずかったのだと、感謝の思いを抱きました。
    経済学とか、実業家という分野は、よくわかりませんでしたが、
    小林十三さんの生き方を知ると、経世済民の仕事は、多くの人に、後世に渡って、理想的なよい世界を作り上げることもできるのだ!(Ω_Ω)と、
    大げさかもしれませんが、尊敬の念を持つようになりました。

    「雲雀丘花屋敷」行き、なんて電車、ホントロマンチックじゃないですか!!他所にないのではないですか?小林さんの命名かどうかは知りませんが(*^-^*)

    • 梅田阪急三番街の最上階映画館のホールで、巨大なゴジラの壁画を「あ、ゴジラって耳がある~」とか眺めながら、喫茶室でワッフルをいただきました。
      マネケンワッフルも今ではどこでも売っていますが、大阪ではその辺りが走りではないですか?
      ゴジラも東映ですから、小林さんが関係されたのですね。

  3. またすみません。
    「朗らかに清く正しく美しく」という小林一三さんの教えは、やっぱり、本質のところで、絶対に大切だと思うのです、
    政治にも、実業にも。

    そのセンスの低い人、ない人もいますが、
    人の品性の上等下等はもう、しょうがないことですが、
    少なくともそういう人は、リーダーにしてはいけないと、強く思います。
    なぜならそういう人は、自然に対しても傲慢で、やがてしっぺ返しがきて、
    リーダーにしていると、大勢が巻き添えを食らうからです。

    • 「自然はナチュラルは人に優しい」というのは、幼稚な人の愚かなタワゴトだと思っています。

      津波台風火山の噴火等を挙げるまでもなく、植物だって触れなばただれ喰ったらイチコロの、猛毒のものもある、
      というか、それが彼らが自然に対し、一生懸命とった戦略で、人間だって賢明に油断なく、自然に対応していかなければ。

  4.  小林一三さんという方を、柴山先生の今回の記事で初めて知ったのですが、心に触れるものがありました。
     「報われると嬉しいでしょ、立場が変わったら今度は報いようとするでしょ」という言葉は、今よりもっと常識的だったのかもしれませんね。今は、特にビジネスの世界では、人を利用する事や、人を押しのけても自分が勝つ事や、負けた人は自己責任、お人好しだったんだ、というような、冷たい考えを受け入れる人がおられるようですから・・。
     そんな風に心のゆとりを排してしまうと、エネルギーの全てをお金を儲ける事に費やす人生になりかねない気が致しますが、それは、豊かな人生なのだろうか?と疑問に感じます。お金を軽んじている訳では決してありません。生きる上で必要なものだと思っておりますが、あんまり欲張り過ぎるのは・・良くない感じです。
     小林一三さんという方は、昨今よく見られるような「儲け」を目的としたビジネスでは無く、お客様が「笑顔」になってくれる事が主たる目的であり、「報酬」は結果であると考えていらしたのですね。日本的な「商い」とは何だったのかを考えさせられます。
     もともと日本では、どんな仕事にも神様がいらっしゃって、お米が豊かに実るのも神様のおかげ、お酒ができるのも、素晴らしい刀ができるのも、何もかも自分だけの力では無くて、神様が力をおかし下さっているおかげなのだ、と考えていたように思います。
     作ったものが単なるお金儲けの道具に見えるとすれば、少し合理的になり過ぎてしまって、日本人らしくない気が致します。本当は、神様と関わる事を日本人は「良し」としているし、求めているのでは無いだろうか、とも思うのです。
     小林一三氏のように、仕事を通して人々に尽くしたい、というお気持ちは、きっと神様の意に叶うものでしょうし、当時はそういう方がたくさんいらっしゃったのでしょうね・・。今後の日本が、近代的価値とのバランスをとりながらも本来の日本になっていってほしいと願ってしまいます。
     「遠くまで行くという事は、回帰する事だ」という言葉をどこかで読んだことがありますし、あり得ない事では無い、と思いたいです。
     

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