【藤井聡】「街」をグローバル資本主義から守る ~「歩くまち京都」四条通の取り組み~

FROM 藤井聡@京都大学大学院教授

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2015年、世界はまさに激動の年となった。中東問題はフランス・パリでの同時多発テロやトルコ軍機によるロシア軍機撃墜にまで至った。また、南沙諸島では中国による人口島の埋め立てに対し、アメリカが自由航行権を主張すべく、米軍機を飛行させた。ウクライナ問題は解決の糸口さえ見えない。さらには、シリア情勢を受け、EU諸国へ大量の難民が流入している。

こうした世界情勢の中、各国経済はこぞって低調。なかでも、これまで世界経済牽引の一翼を担っていたように見えた中国経済が、著しく失速している。2016年の世界はどうなるのか。そして、日本にはどのような影響があるのか。

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今年はわが国ではデフレが継続する中で、過激な自由貿易協定が大筋合意されると共に、(公共投資額不足を決定的な原因とする)集中豪雨による鬼怒川決壊などの天災に見舞われました。一方で海外では同じく世界的デフレが進行すると共に、それに伴う紛争やテロが様々に勃発しました。

要するに国内外共に、グローバリゼーションを背景として経済がますます停滞すると共に、景気さえよければ発生するはずもなかった様々な不条理があちこちで見られるようになってしまったのが、2015年の特徴でした。

その傾向は去年よりも今年の方が顕著となり、そしておそらくは来年も緩和するどころかさらに悪化することは間違いないでしょう。

こうした中で我々はどうすべきかと言えば―――身近な問題から国政やグローバル経済に関わる諸問題について、自身の「手の届く範囲」でできることを一つ一つ積み重ねていく他ありません。

さて、そんな「身近な問題」の一つとして、当方が関わってきたものとして、今住んでいる町、「京都」の問題が挙げられます。

京都では、「あるく街京都」というスローガンの下、昨今の「モータリゼーション」、すなわち、過剰なクルマ依存化に伴って、多くの人々がまちなかから「郊外」に活動の場を転換させてしまったことで生じた様々な問題を改善し、まちの賑わいを取り戻し、京都を活気づかせる様々な取り組みを行っています。

近年、様々な街が疲弊し、「シャッター街」と呼ばれるすさんだ状態に追い込まれているのは、この「モータリゼーション」(過度な自動車依存化)が、最大の原因です。

クルマを使えば、必然的に人々は町中よりも郊外に活動の場を求める傾向が強くなります。この傾向が進めば、町中は寂れ、グローバリズムで流れ込んできた外資も含めた大資本が投下した郊外の大型ショッピングセンターが賑わうようになります(さらに言うと、モータリゼーションはグローバル資本主義の重大な帰結ともいえます)。

そうなると、その街のキャッシュ(おカネ)は、どんどん外国を含めた余所の地域に流れていく事になります(例えば、筆者らの研究室の調査では、「商店街」で使う一万円は5~6千円程度は京都市内に留まるのですが、「大型ショッピングセンター」では、京都市内に留まるのは一万円の内たった2千円程度であることが分かっています)。

こうしたヒトとカネの郊外化は、当然ながら街の中心部への投資の縮退をもたらし、最終的には当然「サービス劣化」をもたらします。

京都市のみならず、あらゆる都市が、このモータリゼーションとグローバル資本主義による「都市の衰弱」の流れに対抗すべく、様々な施策を展開しているのですが、あらゆる街で、街の防衛戦線は「敗戦の色」が濃厚となっているのが実態です。

筆者もこの街の防衛に向けて、学識者の一人として様々な街でお手伝いしているのですが、その中でも二十年以上にわたって持続的にお手伝いをしてきたのが、京都の街です。

例えば、(秋口から春まで)毎週金曜日の朝7時からの4分間、KBS京都ラジオで「クルマ利用はほどほどに」「クルマで京都が見えますか?」といったコーナーで、クルマ利用がダイエットや健康、家計に悪い影響を及ぼしている一方で歩くことがいかに素晴らしいか――といった事を、ここ五年ほどお話していますし、そこでお話している内容については、こんな動画も配信しています。

https://youtu.be/DRjW7HzUPwc
https://youtu.be/C3erF38l6T8

運転免許センターの免許書き換え講習の資料として、こうした情報をまとめた冊子を京都都市圏の全ドライバーに配布したり、京都に引っ越してきた方々に、公共交通のマップや時刻表を配布したり……そうした施策のアドヴァイスを差し上げたりもしてまいりました。

そんな「歩くまち京都」の取り組みの一環として、この度、京都の都心の最大の目抜き通りである「四条通」の「クルマの車線が歩道に転換され、歩道が広げられる」という事業が、つい先日実施されました。

つまり、
「クルマの車道が片側一車線分、歩道に転換」
されたのです。

この事業は、10年もの歳月をかけて様々な関係者と調整が図られてきたもので、地元の方々やタクシーやバス業者の方々との度重なる協議を経て、ようやくこの度、実現されたものです。

これで四条通はますます歩きやすくなり、クルマ利用から公共交通利用や徒歩への転換(モーダルシフト、と言われます)が促され、街にさらに人が集まり、さらに活気づくことが期待されています(事実、既に売り上げが伸びた等、そういう報告も耳にすることが増えてきました)。

実を言うと、多くの都市が、こうした「車道から歩道への転換」を図る取り組みを目指しているのですが、その調整の難しさ故、ほとんど実現していないのが実情です。

そんな中、京都でこうした道路空間の歩道転換が実現したのは、実に

「画期的」

な取り組みとなっています。ついてはこの取り組みについてとりまとめた論説を下記にご紹介差し上げますので、まずは是非、ご一読ください。

『四条通り、「あたり前」のしつらえ転換』
              京都大学大学院教授・内閣官房参与 藤井聡
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=732175943550018&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=3

 「四条通り」と言えば、京都の街を象徴する目抜き通り。京都を代表する百貨店が並び、高級ブランド店が軒を連ねる。祇園祭では長刀鉾が鎮座し、山鉾巡行はまさにここでハイライトを迎える――そんな四条通りは京都の街の象徴であり、顔である。だから四条通りに品位と威厳が確保されればそれは京都のまちの品位と威厳に直結する。

 では、四条通りは一体誰のためのものか?

 もちろんそれは京都人全員のものだが、何よりも、そこに訪れ、街を楽しむ人々のものである。彼らは四条通りに「歩いて」訪れ、買い物をしたり食事をしたりしながらその賑わいを楽しむ。

ただし同時に、四条通りはそれを「道路」とみなして「通過」するドライバーのものでもある。とはいえ彼らは沿道の店をじっくりと眺めることも、賑わいを楽しむこともない――。

 つまり「歩く」人々にとっては四条通はその賑わいを楽しみ満喫する「空間」である一方で、ドライバ-にとっては単なる「無機的な道路」に過ぎないのである。

 しかも、「四条通りに歩いて訪れる人々」は、(手元のデータから推察すれば)昼間おおよそ最低六万人。一方で「四条通を通過する自動車台数」は、昼間でその2割程度の約一万台強。だとすると四条通りは、一体誰の事を思いやりながら「しつらえ」ていくべきかと言えば――「数」から言っても「来訪の質」から言っても、「自動車」よりも「歩く人」をできるだけ「優先」していくのは「当たり前」の話なのである。

 この度ようやく、四条通りはそんな「当たり前」の方向でその「しつらえ」が変えられることになった。

歩道が広げられ狭い空間に押し込められていた歩行者はゆとりを持って歩くことができるようになった。一方で自動車は、工事が始められた当初でこそ混乱したものの、データを見れば既にその混乱はほぼ収まっている。ドライバー達は皆、の四条通りの「歩行者のため」の変化を理解し、その利用を遠慮しはじめたのだ。結果、今となってはほとんどかつてと変わらぬ時間で四条を通過できるようになっている。

 つまりこの度の四条の「しつらえ」の大転換は、自動車をほとんど混乱させないままに、四条利用者の大多数を占める「歩く人々」に、より豊かで良質な時間と空間を提供することに成功したのである。

 つい先日、うちの家内の母もそれと知らずに四条を訪れ、そのゆったりとした歩行空間に驚き、大変満足して帰ってきた。同じように新しい四条通りをまだ「歩いて」いない方は是非ゆっくりと訪れてみて欲しい。きっとそこで皆さんは母と同じく、想像もしていなかった「歩いて楽しい街の空間」を発見するのではないかと、思う。

・・・・

以上、この取り組みの趣旨をご理解いただけましたでしょうか?

ただし、この工事が始められた今年の春先には、産経などの新聞メディアでは

「世紀の愚策」

とまで言われ、大きな反発が生じていました。

例えば、http://www.sankei.com/west/news/150607/wst1506070010-n1.html

確かに、工事が始められた春先の一時期、道路が混雑したのは事実ですし、何らかの問題が生ずればそれに対する批判に耳を傾け、対策を図っていく姿勢を保ち続けることは必要不可欠ですが……今やそうした激しい渋滞は観測されていません(ネット上にそうしたデータは転がっていないようですが、そういう調査データがあることは確かです)。

繰り返しますが、
  四条通を使うクルマの交通量

  四条通りを使う歩行者の交通量
を比べると圧倒的に歩行者の方が多いのが実情です。

そして四条通が「歩きやすく」なったのは紛うことなき事実であり、しかも現時点では激しい混乱はみられていないのが実情ですから、こうした、
歩く人にやさしい道路空間の再配分
は、「世紀の愚策」というような評価は著しく不当であって、至って「当たり前の話」としか言いようがない……と考えます。

産経などのメディアは、構造改革や都構想、TPP等の公益を棄損する危険性が極めて高い「改革」はしばしば猛烈にプッシュする一方で、こうした都市空間の再配置、インフラに関わる「改善」については、どういうわけか、バッシングをする傾向が強いようです。

おそらく、世論に迎合するとそういう事になるのかもしれませんが、新聞メディアが勝手に世論を忖度(そんたく)してそんな報道を続ければ、まともなインフラ「改善」を阻害する世論が実際に作られてしまう事は事実です。

まったく困ったものです。

いずれにしても、こうした「モータリゼーションやグローバル資本主義から街を守る取り組み」は、グローバル企業のみならず、メディアや世論からの反発もあり、「街」側が大変厳しい状況に追い込まれているのですが、当方としても手の届く範囲で、今年のみならず来年もまた、イメージではない「適正な事実情報」をお伝えする発言を可能な限り続けていきたいと思います。

では、今年もいろいろとありましたが…..よいお年を!

—発行者より

2015年、世界はまさに激動の年となった。中東問題はフランス・パリでの同時多発テロやトルコ軍機によるロシア軍機撃墜にまで至った。また、南沙諸島では中国による人口島の埋め立てに対し、アメリカが自由航行権を主張すべく、米軍機を飛行させた。ウクライナ問題は解決の糸口さえ見えない。さらには、シリア情勢を受け、EU諸国へ大量の難民が流入している。

こうした世界情勢の中、各国経済はこぞって低調。なかでも、これまで世界経済牽引の一翼を担っていたように見えた中国経済が、著しく失速している。2016年の世界はどうなるのか。そして、日本にはどのような影響があるのか。

三橋貴明が2016年の世界と日本を語る、、、

『月刊三橋』最新号はこちら
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php

8 thoughts on “【藤井聡】「街」をグローバル資本主義から守る ~「歩くまち京都」四条通の取り組み~

  1. 昨日、四条通りを歩いてきました。

    驚いたのは、高島屋裏手の河原町通り側で、
    ここは工事の前はタクシーのたまり場で1車線がつぶれ、
    慢性的な渋滞であったのが、
    今そのちょうど1車線分が歩道に変わり、渋滞が無くなっていたことです。
    タクシー業界の協力もあったればこそだと思います。

    四条通りもめちゃめちゃ歩きやすくなり、
    爆買い団体客のキャリーバッグもすいすいでした(笑)。

    高速道路や新幹線を引くのもインフラ。
    一方、歩道を広げるのもまたインフラなんですね。
    こういうのを都市計画というのでしょうか。

    最後に藤井先生へ。
    今年1年、本当にお疲れさまでした。
    私自身もつられて勉強するようになったのは収穫でした。
    来年度もご活躍に期待しております。
    ありがとうございました。

  2. ん〜ん、車にしか乗らない私からすれば耳の痛い話で御座いますがすが、仰る通りで御座います。承りましたで候。

    2015年は、以前の河原通りのの様なストレスの溜まる政治で御座いました。来年こそは今の河原通りの様にゆっくりと歩き、街を楽しみ隅々まで探索出来る豊な政治なおかつ真っ当な政治になる様願う一般庶民の願いであります。

    藤井はん、本年、本当にお疲れさまで御座いました。勝手ながら来年も期待しておりますw ではこれより磯に…….あっ磯で思い出したけど、自称経済評論家が今年スポーツフィシングで魚拓取るって意気込んでたけど己が魚拓になってないかな〜w では、よいお年を。

  3. インフラ整備の提案を考えている稲美弥彦です。
    私的には沼津駅を高架化して自転車や歩行者が歩きやすい街に変えるべきであると思います。

    その高架化工事ですが、近年の一部駅で実施されているペストリアンデッキや橋上駅舎よりは中小や個人商店を護れると思います。
    と言うのはペストリアンデッキは仙台駅や海老名駅、立川駅、大宮駅等が良い例ですが、大型店ばかりが繁盛し、中小の店が反映しにくい構造になっております。
    ペストリアンデッキで繋がって特をするのは大型店のみであり、更に橋上駅舎は駅を利用しづらい構造になっているので非常に不便にする要因になる。
    更に、橋上駅舎化すると駅周辺の道路を立体交差化する際に道路の橋や地下道を作るので線路沿いの商店がダメになる結末が待っています。

    無論、高架化でも無くはないですが、その被害が橋上駅舎やペストリアンデッキに比べて少ない事が判明し、同時に線路高架下に公営の駐輪場(自転車の駐車場)を設置すると更に効果がある事も解りました。

    後、歩車分離式信号(スクランブル式を含む)を積極的に導入し、車の右左折をしやすくすることや歩行者が歩きやすくする、無電柱化で歩行者が歩きやすくするなど対策はいくらでもあります。

    つまり、条件としては歩行者が歩きやすく、同時に駅の回遊性を高める事が重要になります。

  4. いろいろとありがとうございました!
    京都では事業が実現されたのですね(大阪と違って(≧ω≦))!おめでとうございます。
    東京は、お洒落な着物女子が多いようですが、そういう人のブログを見ていると、京都に着物でお出かけとかあります。京都の道が歩きやすくなってますます集まるといいですね~!
    東京は、着物女子が多く、出かけるところも多いようですが、着物でも紬とか地味好み?なのが多いようです、東京の雰囲気とか歴史とかもあるのでしょうか。しかしそれに飽き足らない人が、京都には、伝統的華やか系というか、京友禅とか華やかな着物で、どうもコスプレ感覚で来る需要もあるようですよ(*^▽^*)ではよいお年を!

  5. 最近、自然な日本庭園と幾何学的な西洋庭園はなぜこうも異なるのかと考えたりしています。東洋というか日本庭園もですが、日本料理も素材を生かす、つまり解らん部分に対して謙虚に尊重していこうという態度の違いかなと、そういう風に理解しています。目的や見ているものが同じでもそこに踏み込む態度が異なると言うか・・・。考えてみれば陸続きの西洋では都市は異国からの侵略から守るだけでなく、攻める為にこそあり、先制攻撃ありき、だからこそ、内にも外にもあらゆる面で徹底して踏み込まねばならないので、そういう構造なのかなと思ったりします。一方で我が国は海を超えて異国に攻め込むことは稀でしょうし、そこまで徹底して踏み込む必要が一時期を除いては都市にも国土にもなかったやもしれません。それが良いか悪いかは別にしてグローバリゼーションで襲い掛かり奪いに来る大きな波は生存の厳しさが為、無限に拡大競争を行うしかなく、そのような本来、内の侵してはならない領域まで犯さざるを得ないで踏み込んだあげく、逆に更なる欠乏や悪循環を招く、攻めの都市や国土から来るものであり、我々はどちらかと言うとそこまで踏み込まない受け身の都市や国土でなかったかと言う事です。その様な自分勝手な物の見方から考えますと日本中、そのような上辺だけ真似した下手くそで脆弱な西洋庭園化して、自滅して外からの侵略に敗れている中で何かこう京都の町がどこか日本庭園の様な方向を目指していると感じられてしまう昨今です。つまり何が言いたいかというとそこにある物を生かし護る、自活の出る都市構造と内から枯れていき収奪せざるを得ない都市構造を日本庭園や西洋庭園にイメージして考えてしまうのです。というか今回はうまく言えません。ごめんなさい。ただ収奪に向かう攻撃的都市や国土は収奪されたり、収奪先が枯れてしまうと駄目でグローバルな世界に依存し、その成長と拡大に頼り、無限に外を収奪し続けなければいけない宿命を負うのかなと思います。一方で自活できる街はそこまで外から奪う必要性もなくなり、グローバルな世界の変化の波にも右往左往せず時代を超えてしぶとく生き残っていく気がします。あらゆる面で人為を否定しませんが、人為を入れても、よりどこか自然な形といいますかわからない部分に触れないで生かした方が結局、最善なのやもしれない、都市も国土も人間社会も全て好きなように出来るとは思ってはいけないと思う昨今です。

  6. pedestrian deck

    蛇足とは存じますが、貼らせていただきます。
    1)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AD

    2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AD%E4%B8%80%E8%A6%A7

  7. 私、仕事ではお客様のクルマのご利用(所有ではなく)のお手伝いする者です。
    しかしながら、京都市内へ遊びに行くのに車の利用は正直あまりおすすめできません。混みますし、駐車場は高くてしかもなかなか無いし、京都市は地下鉄もバスもいっぱいあります。京都はクルマ向きとは言えない街だと思います。私、しょっちゅう京都行きますけど四条通とても歩きやすくなりました。嬉しいです。
    私事ですが、藤井教授が動画で挙げておられた自動車利用のために払わなければならないもの、これら(の多く)と私共は常に直面しております。特に交通事故は最大の敵です。自動車は便利なものです。自動車抜きに考えられない仕事や生活、遊び方もたくさんあります。しかし、一方で払わされる犠牲もあります。また、少し考えれば自動車抜きに考えられることもたくさんあります。私も自分のお店の売り上げを増やすことはこれからも頑張ろうと思いますが、モビリティー全体についても興味が出てきました。
    ところで、産経記事に何故か登場したタクシー運転手の「世紀の愚策」という文句・・・どう考えても合理的とは思えません。もしかして産経の記者者さんがこう言いたいのですかね?何がしたいのですかね?失礼ながら、やれやれ┐( ∵ )┌。・

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