【佐藤健志】フォースか、理力か、原力か PART2

From 佐藤健志

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ふたたび「スター・ウォーズ」ネタでまいります。

前回の記事では、同シリーズに登場する重要な概念「THE FORCE」について、「フォース」とカタカナで表記するより、「理力」「原力」などと意訳したほうが良いのではないかと論じました。
「フォース」は原語の発音にこそ近いものの、THE FORCE の持つ意味の広がりを伝えるものとは言いがたいからです。

意味の広がりを伝えていない以上、THE FORCE の概念を多面的に理解することは難しくなる。
ひらたく言えば、イメージが豊かにふくらんでゆかないんですね。

じつはここに、われわれが母国語を大事にすべき理由があります。
言葉は何であれ、単独で存在しているわけではなく、何らかの言語の一部をなしている。
そして言語の背景には、固有の歴史や文化が横たわっています。

言葉が持つ意味の広がりやイメージのふくらみは、歴史や文化によって支えられているのです。

裏を返せば、他の言語に属する言葉について多面的に理解するためには、なるべく母国語に移し替える(つまり翻訳する)ほうが良い。
そうすれば、新たな形で意味が広がったり、イメージがふくらんだりするからです。

いえ、意味やイメージがずれてしまうこともありますよ。
たとえば STAR WARS は当初、「惑星大戦争」という題名で日本公開されることになっていました。
アメリカでの爆発的なヒットを受けて、原題通り「スター・ウォーズ」で公開されることが決まるのですが、「惑星大戦争」名義で作品を紹介した記事も、いくつか雑誌に出ていたのです。

STAR は惑星ではなく恒星ですから、これはちょっと違う。
銀河全体の覇権をめぐる物語という、映画の内容とも合致しません。
「銀河大戦争」ならともかく、「惑星大戦争」がボツになったのは、無理からぬなりゆきと言えるでしょう。
ちなみに1977年冬、東宝が「惑星大戦争」というSF映画を公開していますが、これはボツになった題名を流用しただけであり、内容的にはまったく無関係です。

けれども「銀河大戦争」のほうが、「スター・ウォーズ」より、どんな物語か連想しやすくありませんか?
当然の話です。
「銀河」も「大戦争」も、日本語としての意味の広がりやイメージのふくらみを持っているのですから。

実際、「スター・ウォーズ」関連用語で、カタカナ表記にしないほうが良かったのでは? と思えるのは「フォース」だけではありません。
劇中の有名な小道具、「ライトセーバー」もそうです。

ご存じのとおり、これは刃の部分がレーザーになっている剣ですが、初公開当時は「光剣」「光線剣」と訳されていました。
日本人にとって、どちらがイメージ豊かな表現か、あえて言うまでもないでしょう。

「ライトセーバー」でとくに気になるのは、こんなふうに書くと、「光の剣」ではなく「光を節約するもの」のように読めてしまうこと。
英語なら前者はLIGHT SABER、後者は LIGHT SAVER ですが、カタカナ表記で両者を区別するのは事実上、無理です。

ついでにわが国において、 SABER は「セーバー」という英語読みではなく、「サーベル」というオランダ語読みで定着している。
1978年、「スター・ウォーズ」が初公開されたときの上映パンフレットを見ると、LIGHT SABER は「光線剣」と訳され、「ライト・サーベル」とルビが振られていました。

英語読みとオランダ語読みをつないだわけですが、わが国には重箱読み(「じゅうばこ」のように、上の字を音で読み、下の字を訓で読む)や、湯桶(ゆとう)読み(その逆)の伝統がありますので、これは良しとすべきでしょう。
「ライト・サーベル」なら、光の剣なんだなとイメージが湧くじゃないですか。

あるいは敵側の繰り出す最終兵器、「デス・スター」。
初公開当時は「死の星」と訳されていました。

英語のDEATH には「死神」(=死をもたらすもの)という意味もあるので、「死神星」としたら、いっそう良かったかも知れませんが、「デス・スターが近づいてきます!」というより、「〈死の星〉が近づいてきます!」のほうが、緊迫感があるのは明らか。

それどころか初公開版パンフレットは、主人公たちの乗る宇宙船「ミレニアム・ファルコン」号を紹介する際も、船名をカタカナで表記したあと、「(黄金時代の鷹)」と補足しているのです。
MILLENNIUM FALCONの意味を説明したわけですが、いかにも速そうな感じがしませんか?

かりに英語で
MILLENNIUM FALCON ESCAPED FROM THE DEATH STAR
と言ったとしましょう。

これはむろん、
「ミレニアム・ファルコン号がデス・スターを脱出した」
ことを意味します。

しかしそこには、
「鷹が死を逃れた」(FALCON ESCAPED DEATH)
というイメージもこめられている。

このイメージを日本語で伝えようと思ったら、
「〈黄金時代の鷹〉号が、〈死の星〉を脱出した」
と訳したほうがいいわけです。

日本初公開から今年で38年、「スター・ウォーズ」に「惑星大戦争」という幻の邦題があったことを知るファンも、今では少数派でしょう。
けれども「フォース」が「理力」と訳され、「ライトセーバー」が「光剣」と訳されていたころの方が、日本人は「スター・ウォーズ」の世界をイメージ豊かに楽しんでいたように思えます。

われわれの母国語が日本語であることは、38年前も今も変わらないのですから。
ではでは♪

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1)日本語の「保守(主義)」と、英語の「CONSERVATISM」の間にも、意味やイメージにかなりのずれが見られます。詳細はこちらを。

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2)わが国の戦後史は、「アメリカ型の社会システム」を日本に移し替えようとした、壮大な翻訳の試みと見なすことができるかも知れません。

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4)「(革命派の経済政策は)〈貧乏人の子だくさん〉ならぬ〈おバカ政府の政策だくさん〉ではないか」(282ページ)
エドマンド・バークの原文では、革命政府の「prolific imbecility」(何も分かっていないのに、あれこれやらずにいられないバカさ加減)から、病弱な子供のごとき政策がいくつも生まれたと述べられていました。上記の訳文は、そこにこめられた皮肉や比喩のニュアンスを再現しようとしたものです。

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5)「だが今や遅すぎる。清水(きよみず)の舞台から飛び降りたあとでも、空中を駆け上がって元に戻れると言うつもりか?」(229ページ)
トマス・ペインの原文では、ローマ史の故事にちなんで「われわれはすでにルビコン川を渡ってしまったのだ」となっていました。それが独立戦争当時のアメリカ人読者に与えたであろうインパクトを伝えるために、清水を持ち出した次第です。

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【佐藤健志】フォースか、理力か、原力か

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
退院してそろそろ一ヶ月になりますが、おかげさまで結構、歩き回れるようになりました。
新たな本の刊行も、いくつか決まっています。
本年もよろしくお願いいたします。

さて。

この正月、大きな話題を呼んだ映画と言えば、やはり「スター・ウォーズ フォースの覚醒」でしょう。
同シリーズの10年ぶりの新作で、通算7作目。

「フォースの覚醒」は、シリーズの生みの親であるジョージ・ルーカスの手を離れて製作された、最初の「スター・ウォーズ」映画にもあたります。
新たな製作元となったディズニーは、ルーカスの提示した構想を却下、独自の方針を取ったと言われており、そのためルーカス本人は映画の仕上がりに不満を抱いているふしもあるのですが、興行的には文句なしの大ヒットとなりました。

しかるに。
みなさん、「フォースの覚醒」の中国語題をご存じでしょうか?
こうなります。

「星球大戦 原力覚醒」。
中国版ポスターのURLも付記しておきましょう。
http://getnews.jp/archives/1295478

「星球大戦」は「スター・ウォーズ」の中国語訳として、シリーズが誕生した1970年代後半から使われていたものながら(※)、注目したいのは「フォース」が「原力」となっている点。
(※)ただしこのころ、中国語圏での「スター・ウォーズ」公開は、返還前だった香港など、一部地域に限定されていました。文化大革命が終わったばかりの中国政府は、同作品の輸入を禁じていたのです。

フォース(正確には「ザ・フォース」)とは、「スター・ウォーズ」の世界で大きな役割を果たす、一種の超能力のことですが、じつは日本でも、かつてこれが「原力」と訳されたことがあります。

証拠物件こちら。
1978年にバンダイ出版事業部が刊行した「スター・ウォーズ 特撮の秘密〜ジョージ・ルーカスの世界」。
アメリカで前年に刊行された「THE STAR WARS ALBUM」という本の日本語版です。

同書の翻訳を担当した小野耕世さんは、「ザ・フォース」を「原力」としました。
たとえば、こんなふうにです。

きみのお父さんはね、やはりジェダイの騎士のひとりだったダース・ヴェイダーに裏切られ、殺されてしまったのだよ──ベン・ケノービはそう答え、誰でもが根源的に持っていながら、うまく使いこなすことのできないエネルギーの場、〈原力〉を、自由に操れるようになれと、若者を励ますのだった。
(38ページ。表記を一部変更、以下同じ)

文中の「若者」とは、1作目から3作目までの主人公ルーク・スカイウォーカーのこと。
原文では〈原力〉に、「ザ・フォース」とルビが振られていました。

小野耕世さん、本のあとがきで、この訳語を使った理由について以下のように説明しています。

生物が本来的に持っている力、という意味を考え、また原語の響きの持つ単純な強さを考えて〈原力〉とした。
(83ページ)

「ザ・フォース」の訳語は、〈原力〉だけではありません。
1978年夏、「スター・ウォーズ」(1作目)が日本公開された際の字幕では「理力」となっていました。
その半年ぐらい前に刊行された同作品の小説版では、「力場」という表現が使われていたのです。
変わったところでは、「霊力」と訳されたこともありましたね。

1980年代以後は「フォース」とカタカナで書くのが主流になってきますが、「理力」は字幕に使われたこともあって、かなり後まで生き残ります。
たとえば1991年、シリーズ2作目にあたる「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」のサントラ盤がCDで再発売されたものの、「YODA AND THE FORCE」という曲は、「ヨーダと理力」と訳されていました。

しかるに考えてみたいのは、日本人が「スター・ウォーズ」の世界を深く楽しむうえで、果たして「フォース」というカタカナ表記が最適かどうか。

なるほど、言葉の響きは原語と同じです。
ついでに「フォース」は、「スター・ウォーズ」の「ウォーズ」と字面が似ているので、作品の本質に関わる概念だということを視覚的に暗示する効果があるかも知れない。
アルファベット表記だと FORCE と WARS となり、まるで似ていませんので、この類似性は日本語独自のものです。

しかし「フォース」からは、THE FORCE が英語として持つニュアンスの広がりがこぼれ落ちてしまっている。

英和辞典で FORCE を引くと、「力」という基本的な語義のあと、「腕力、暴力」「武力、戦力」「影響力、貫禄」「精神力、気力」「(言葉などの)真意、もっともな道理、理由」など、いろいろな訳語が出てきます。
「スター・ウォーズ」における THE FORCE の概念は、こういった FORCE の意味合いをすべて踏まえたもの。

THE FORCE は、いわゆる「念動力」(精神の力で物を動かすこと)のように描かれる場合が多いものの、相手の心理を操る「気迫」「カリスマ」のごとく描かれることもあり、さらに「道理」と深い関係を持っています。
つまり善用すれば良い結果をもたらす一方、悪用すると「ダークサイド」と呼ばれる怒りと憎しみの世界への入り口となり、周囲には破壊を、本人には破滅をもたらすんですね。
ちなみに「ダークサイド」も、かつては「暗黒面」と訳されていました。

こう考えると、「原力」や「理力」といった訳語のほうが良かったのではと思えてくる。
とくに捨てがたいのが「理力」。

この訳語、「理(ことわり)の力」と読めるからです。
「ことわり」は道理のこと。
つまり「理力」には、〈正しい道理に基づいて使うべき力〉という THE FORCE 本来の意味合いが、ちゃんと反映されている。

それどころか「理」には、「普遍的な絶対・平等の真理・理法」という意味まであります。
ならば「理力」は、〈宇宙の普遍的な真理に基づいた力〉というニュアンスも持つことになりますが、これも THE FORCE をめぐる設定と合致する。

「THE DARK SIDE OF THE FORCE」というフレーズを訳すとき、「フォースのダークサイド」としたらオリジナルに忠実で、「理力の暗黒面」としたら意訳だとは言えません。
むしろ後者のほうが、オリジナルが英語として持っている語感を、日本語として的確に表現しているのです。

え?
「理力の暗黒面」は漢字が多くて、若い世代には取っつきにくい?
遺憾ながら、それは日本語能力の衰退にほかなりません。

英語化推進の暗黒面・・・いやダークサイドというやつですね。
ではでは♪

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4)エドマンド・バークの文章が英語として持っている語感を、日本語として的確に再現することを心がけました。従来の日本語訳より読みやすくなっているとすれば、じつはそのためです。

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5)同じく、トマス・ペインの文章が1776年当時のアメリカ人読者に与えたであろうインパクトを、現在の日本語で再現することをめざしました。この本が日本で全訳されたのも、これが初めてとなります。

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【佐藤健志】未来は誰の手の中に

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前代未聞!? 黒田日銀の転がる目標とは?
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まずはご報告から。
おかげさまで先週、無事に退院しました。

そろそろ夏も終わりだな・・・と思っていたら、いきなり年末になってしまった感じですね。

今回の事故は、振りかえればかなり大変なものでした。
発生直後には「最悪の場合は左足切断もありうる」という話まで出ましたし、皮膚移植手術の必要性にいたっては、ずいぶん後まで取り沙汰されていたのです。
それが皮膚移植もせず、自分の足で歩いて退院するところまでこぎつけられたのですから、幸運だったとすべきでしょう。

リハビリは続きますし、傷も完全に治ったわけではありませんが、とりあえず2015年はハッピーエンドで締めくくることができました。
それはさておき。

三ヶ月あまりの入院期間中、世の中もずいぶん変わった印象を受けます。
安保法制の成立(9月)をはじめ、TPPの大筋合意(10月)、大阪のダブル選挙(11月)などなど。
「一億総活躍(社会)」みたいに、突如として鳴り物入りで出てきたあげく、すでに忘れられかけている(としか思えません)ものもありますね。

さらに原節子さん、水木しげるさん、野坂昭如さんといった、昭和後半期を彩った方々が相次いで逝去。
今年は敗戦70年の節目でもありましたが、いろいろな意味で、時代がターニング・ポイントに来ているようです。

ただし新たな時代が良いものになるかどうかは、正直言って疑問。
いや、いささか悲観的にならざるをえないとすべきかも知れません。

本紙読者のみなさんならご存じのとおり、成長や繁栄を達成するポテンシャルなら、わが国はまだ十分持っている。
けれども、ポテンシャルを積極的に活かす政策が取られているか?
あるいは、そのような政策が今後取られる見込みはあるか?
ここに問題があるわけです。

藤井聡さんも『〈凡庸〉という悪魔 21世紀の全体主義』の終わり近くで、次のような警告を発しました。

このままでは我が国は、かつての栄光など微塵(みじん)も感じさせないほどの、何の国力もない、どんな生産品もサービスも文化も芸術も、そして自らの歴史すらも何も産み出すことのできない、衰弱しきった、陳腐で凡庸でつまらない国家に成り下がることになるのは必定です。
(262ページ。表記を一部変更)

だとしても、あきらめるしかないと言いたいのではありません。
藤井さん自身、公式サイト「サトシフジイドットコム」では、「未だに,未来は僕らの手の中、にあるということを決して忘れてはならない、と考えます」と述べています。
http://satoshi-fujii.com/151122-3/

「未来は僕らの手の中」とは、具体的にどういうことか。
字面を見ると、未来のあり方を自分たちで自由に決められるような感じがしますが、私はそうは思いません。
それでは話がうますぎる。

むしろこれは、
「未来は誰の手の中にもない」
という意味ではないでしょうか?

現在の時点で判断するかぎり、未来は特定の方向へと確実に進むように見えるかも知れない。
あるいは特定の勢力が、未来を握ったように見えるかも知れない。
しかし、それはたいがい錯覚なのです。

未来の本質は、〈良くも悪くも、どうなるか分からない〉こと。
20〜30年前、日本で貧困がここまで社会問題化すると想像できた人は、ほとんどいなかったでしょう。
いや、そもそも日本が(少なくとも一度は)世界的な経済大国になることだって、独立回復直後には想像もつかなかったに違いない。
わが国が独立を取り戻したのは1952年ですから、経済大国と目されるまで、やはり20年〜30年ぐらいしか経過していないのですがね。

未来は誰の手の中にもない。
せっかくのポテンシャルが活用されずに失われることだってあれば、思いがけないポテンシャルが目覚めることだってある。

パラドックス的な言い方になりますが、だからこそ「未来は僕らの手の中」なのです!

誰の手の中にもなく、どうなるか分からないがゆえに、未来を変えるチャンスは、変えようとする意思があるかぎり、誰もが平等に持っている。
チャンスが活かされる保証はありませんよ。
しかし、チャンスはそこにあるのです。

関連して、今回の事故をめぐる経験をご紹介しましょう。
救急車で病院に搬送され、創外固定(折れた骨がずれないよう、足に金属の枠をはめること)をしてもらっているときだと思うのですが、私は自分の意識が身体を離れて、何もない空間に入り込んだように感じました。

下の方では、何やら金属音が聞こえます。
創外固定が行われていたのでしょう。

私は自分が、〈この世〉と〈あの世〉の中継点にいるのだと思いました。
こちら側にとどまるのか、向こう側に行くのか、ちょうど今、自分を超えたところで判定されているのだろう、と。
判定が出るまで、どれくらい待たされるのかな。永遠に待つことにはならないだろうな。
そんなことが気になったあたりで意識が途切れます。

・・・目が覚めたのは固定が済んだあとで、医師から「命に別条はないし、折れた骨もずれないようにしておいた」と告げられました。
いわゆる「臨死体験」にあたるかどうかはともかく、あのとき、未来は私の手の中になかったのかも知れません。

とはいえ私の未来が、どこまで医師たちの手の中にあったかも分からない。
万全の処置をしても、うまく行くかどうかは患者の気力や体力次第というところがありますからね。
とまれこの夜、未来は私のもとに戻ってきてくれました。
それが三ヶ月後のハッピーエンドにつながった次第。

未来は誰の手の中にもなく、ゆえに僕らの手の中。
今後はこれを信条に活動してゆくつもりです。

なお12/30と1/6は、年末年始のためお休みします。
1/13にまたお会いしましょう。
みなさん、良いお年を!

<佐藤健志からのお知らせ>
1)12月16日発売の「表現者」(64号)に、評論「内と外の境界を守れ」が掲載されました。

2)未来同様、「愛国」や「保守」もパラドックスに包まれています。これを受け入れるところから始めねばなりません。

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3)戦後日本が、どのような未来をつかもうとしていたかはこちらを。

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4)「経済も学問・文化もすべてパアにしてしまえば、国家はいったいどうなる? (中略)そんな国には何もないし、未来への展望も望みえない」(113ページ)
藤井さんの警告と妙に似ていませんか。

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5)1776年の建国当時、アメリカがどんな未来をつかもうとしたかのマニフェストです。

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【佐藤健志】生きることと働くこと

From 佐藤健志

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本当に経済学は経済を良くするのか?
https://youtu.be/T7qPdljmVfg

TPPは日本の植民地化を進めるのか・・・?
https://youtu.be/ntQpHSDoyjY

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岩手県では2015年度より、「いわて復興未来塾」という催しが、二ヶ月に一度のペースで開催されています。

これは「いわて未来づくり機構」という、産・学・官による連携組織の作業部会のひとつ。
未来づくり機構は、県庁のホームページでも、公式のプロジェクトとして位置づけられていました。
http://www.pref.iwate.jp/index.html

未来塾の開催趣旨は次の通り。

東日本大震災津波からの復興を力強く進めていくためには、復興を担う個人や団体など多様な主体が、復興について幅広く教え合い、学び合うとともに、相互に交流や連携をしながら、復興の推進に生かしていくことが求められています。
このため、平成27年度から「未来づくり=人づくり」の考え方のもと、「いわて復興未来塾」を開催しています。
http://iwatemirai.com/roundtable/iwatefukkoumiraijuku.html

塾はこれまでに4回開かれました。
毎回、復興にまつわるさまざまなテーマをめぐり、基調報告やパネルディスカッションが数時間にわたって行われます。
その後は、任意の参加者による交流会も。
会場のスペースの関係から、参加人員には限りがあるようですが、希望者は誰でも参加できるそうです。

さて。
11月28日に開かれた4回目の未来塾に関連して、同県の達増拓也知事が、このようなツイートをしました。

今日のいわて復興未来塾。県外出身で、震災後に大槌に住むようになった女性から、「大槌には、暮らしやすさとはちょっと違う『生きやすさ』がある」との意見。同様に釜石に住むようになった女性は、「岩手では働くことと生きることが一致する感じ」と。
https://twitter.com/tassotakuya/status/670565857429327872

暮らしやすさとはちょっと違う「生きやすさ」。
働くことと生きることが一致する感じ。

なかなか素敵な表現ですが、具体的にはどういうことなのでしょう?
「働くことと生きることが一致する」という、後者のフレーズを糸口に考えてみます。

生産年齢人口に属している者、ないしその大多数にとり、働くことは生きることの重要な側面。
ただし人間の生活には、働くこと以外の側面もむろんありますから、「働くこと=生きること」という等式は本来、成立しません。

連日連夜、とにかく働きづめで、他の側面を生活に盛り込むゆとりがないのであれば、仕事が生活のすべてになっている点で、「働くこと=生きること」かも知れませんよ。
けれども達増知事のツイートに登場した女性が、そういう意味で「岩手では働くことと生きることが一致する」と発言したはずはない。
だいたい「仕事中毒」は、他の都道府県でも広範に見られる現象です。

普通に考えれば、この女性は「岩手では、生活における仕事の側面と、それ以外の側面が調和しやすい」と言いたかったことになるでしょう。
いわゆるワーク・ライフ・バランスが、うまく取れているということです。
こう解釈すれば、「暮らしやすさとはちょっと違う『生きやすさ』がある」という、もう一つの意見とも趣旨が合う。

だとしても、なぜ「一致する」という表現を使ったのでしょう?
ワーク・ライフ・バランスが取れていれば、生活が仕事一色になることはありません。
逆に言えば、「生きること」と「働くこと」は一致しないはずなのです!

この点を理解するカギとなるのが、じつはデフレ脱却をめぐる議論。

ご存知のとおり、デフレとは社会規模における需要不足です。
それが供給能力の衰退を引き起こし、経済がどんどん縮小する方向に進んでしまうと、大変なことになる。

裏を返せば、デフレ脱却を達成するには需要不足の解消が大前提。
だからこそ本紙執筆陣のみなさんも、需要をつくりだす積極財政の必要性を繰り返し説いているわけです。

経済活動の規模を示す(名目)GDPは、需要(支出面)の総計としても算出できるし、供給(生産面)の総計としても算出できる。
規模自体は、どちらで計っても一致するのですが、経済を豊かにしてゆくうえでは、需要のほうを重視しないとうまく行かないのですね。

しかるに「働くこと」と「生きること」の関係を、これに当てはめるとどうなるか?

「働くこと」は供給にあたります。
生産活動と呼ばれるくらいですから。
ならば「生きること」は経済活動全体にあたるはず。

しかるにお立ち会い。
「経済活動の規模を示すGDPは、需要の総計としても算出できる」という点を踏まえた場合、「生きること」が需要にあたると考えても、なんら問題はないのです!

生きてゆくにあたっては、財やサービスの消費、すなわち支出が必然的に生じますからね。
現に「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、「ライフ」を「仕事を含めた生活全体」ではなく、「生活における仕事以外の(=収入ではなく支出を伴う)側面」という意味で使っています。
「ワーク」がそもそも「ライフ」の一部だとすれば、両者のバランスを取るという発想は成り立ちません。

生きることは需要で、働くことは供給。
その場合、先の段落はこう書き直せます

人間の生活の規模は、「生きること」からも計れるし、「働くこと」からも計れる。
規模自体は、どちらで計っても一致するものの、人生を豊かにしてゆくうえでは、「生きること」のほうを重視しないとうまく行かない。

おっと!
働くことと生きることが一致したではありませんか。

こう考えると、達増知事のツイートに登場した女性の言葉も、きれいに筋が通ります。
くだんの女性は、「岩手では〈働くこと〉と〈生きること〉の関係を、〈生きること〉のほうを重視して考えるので、両者が人生を豊かにしてゆく形で一致する」と言いたかったのです。

同じツイートにあった「暮らしやすさとはちょっと違う『生きやすさ』」という言葉も、これを踏まえるとずばり明快。
暮らしやすい環境においても、人生が豊かになるとは限りませんから、こちらの女性が言いたかったのも「大槌には、人生が豊かになる形で生きてゆける感覚がある」ということに違いありません。

とはいえ、なぜ岩手において、そのような状態が実現しているのか?
同県の風土、歴史、文化など、要因はいろいろ考えられますが、見落とせないのは震災体験です。

「人間を正気にするものは、重病になるか、戦争に行くか、刑務所に入るかの三つだけ」という格言ではありませんが、人間は危機的な状況に陥ると、人生で何が本当に重要か、かえって見えてくる。
私自身の経験で言っても、今年9月、交通事故で重傷を負ったことは、自分の生き方を考える良いきっかけとなりました。

となれば、「生きること」が「働くこと」より重視されるのも道理。
ツイートで紹介された二人の女性が、ともに震災後、県外から岩手に移り住んだことも、そうなると意味深長です。
復興をめぐっては、まだまだ大変なことも多いでしょうが、震災を乗り越えようとすることで、岩手はかえって「生きやすい」土地になったのかも知れません。

そしてこれは、復興推進にとっても重要なこと。
いわて復興未来塾の開催趣旨は「未来づくり=人づくり」ですが、人づくりとはすなわち「人生づくり」ですからね。

なお来週は都合によりお休みします。
12/23にまたお会いしましょう。
ではでは♪

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4)今の日本に見られる閉塞感、ないし生きにくさの背景をめぐっては、この本で詳しく論じました。
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5)これぞ、アメリカ建国の時点における「未来づくり」マニフェストです。
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【佐藤健志】国家百年の機能不全

From 佐藤健志

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TPPは日本の植民地化を進めるのか・・・?
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「政治的機能不全」(political dysfunction)という言葉をご存じでしょうか。

アメリカの作家、マイケル・グッドウィンさんが提唱したもの。
グッドウィンさんは2012年、「ECONOMIX」(エコノミックス)という本を、ダン・E・バーさんという人と共同で出版しました。

タイトルのECONOMIX は、ECONOMICS(経済学)とCOMIX(コミックス)の合成語。
経済の仕組みについて、辛辣なコメントをまじえつつ、漫画で描き出すという趣向です。
グッドウィンさんが文章を、バーさんが絵を、それぞれ担当した次第。

好評だったようで、2014年には「TPPと〈自由貿易〉」というエピソードが発表されました。
こちらは全編、「ECONOMIX」公式サイトで見ることができます。
文章は英語ですが、27ページと短いものですし、バーさんの絵が内容を的確に視覚化している。
興味のわいた方はぜひご覧ください。
http://economixcomix.com/home/tpp/

さて。
2014年と言えば、TPPが大筋合意にいたる前年ですが、グッドウィンさんはのっけから、物事がこれからどんな展開を見せるかについて、こう予測しました。

1) 最終的な条約は、普通の人間にはほとんど理解できない内容になる。
2)政治家、国際金融資本の回し者、および大部分の経済学者は、「TPPは絶対にわれわれを豊かにする!」と力説する。
3)これにより、条約批准に反対する意見はつぶされる。
4)だがTPPがもたらすはずだったメリットは、永遠に実現されない。

鋭い!
個人的には、これにもう一つ、
5)そしてTPPによって巨大なデメリットが生じたところで、誰も責任を取ろうとはしない。
というのを追加したいところですが、それは脇に置きましょう。

ならばどうして、TPPが推進されるのか?
ここで出てくるのが政治的機能不全です。
「TPPと〈自由貿易〉」の18〜19ページ、「〈歴史早わかり〉過去40年間、アメリカはどんな経済政策を取ってきたか」という箇所で、グッドウィンさんは政治的機能不全を、条約推進の原因、ないし元凶と位置づけました。
言葉の定義は以下の通り。

この国の政治システムが、富裕層のみに奉仕し、他の国民の利益を無視するようになったことの婉曲な言い方。

〈歴史早わかり〉という見出しの通り、グッドウィンさんはここで、アメリカ政府が1970年代いらい、金持ち優遇の新自由主義的な経済政策を推進していった様子を解説しました。
富裕層への減税や、大企業にたいする規制緩和、さらには金融市場の規制緩和などです。
これらの政策は、回り回って国民全体に利益をもたらすと宣伝されていましたが、そちらの方はすべて幻だったとのこと。

しかるにアメリカの富裕層は、多国籍企業と密接に結びついていますので、国境を超えた資本の移動をどんどん容易にしたいし、できるだけ多くの国の市場を制覇したい。
だから政治的機能不全を突き詰めると、TPPにいたるわけです。
国境を越えて、新自由主義の徹底をめざす条約ですからね。

しかしこうなると、わが国については、いっそう深刻な政治的機能不全を想定しなければなりません。
名付けて〈日本型政治的機能不全〉。
言葉の定義は以下の通り。

この国の政治システムが、もっぱらそういうアメリカの意向に奉仕し、自国民の利益を無視するようになったことの婉曲な言い方。

両者の違いはお分かりですね。
そうです。
アメリカの政治的機能不全が「自国民の一部に集中的に奉仕し、他の国民を無視する」ものなのにたいし、日本型政治的機能不全は「外国の意向に優先的に奉仕し、自国民を無視する」ものなのです。

いや、自国政府の機能不全によって利益を得る日本人が皆無とは言いませんよ。
だとしてもそれは、「健全な一般論は、例外の存在を前提として成り立つ」(エドマンド・バーク)ということで片のつく話でしょう。

そして本家のアメリカ同様、日本型政治的機能不全も、TPPにおいて浮き彫りとなりました。
次の記事をどうぞ。

安倍晋三首相は(10月)6日午前、首相官邸で記者会見を開き、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意したことについて「日本と米国がリードして、アジア太平洋に自由と繁栄の海を築き上げるTPPが大筋合意した」と述べた。

また「世界経済の4割近くを占める広大な経済圏が生まれる」と強調。その上で「その中心に日本が参加する。TPPはまさに国家100年の計だ」と語った。
http://www.sankei.com/politics/news/151006/plt1510060016-n1.html

その前夜も、総理は記者団にこう語っています。

TPPは、価値観を共有する国々が自由で公正な経済圏をつくっていく国家百年の計であります。政権発足後、最初の日米首脳会談において交渉参加の決断を致しました。以来、2年半にわたって、粘り強い交渉を続けてきた結果、妥結に至ったことは、日本のみならず、アジア太平洋の未来にとって大きな成果であったと思います。
http://www.sankei.com/politics/news/151005/plt1510050031-n1.html

私の記憶が正しければ、政権発足以前、自民党はTPP参加に慎重だったはずですが、これは脇に置きましょう。
総理発言のポイントは二つです。

1)日本にとって、TPPは国家百年の計である。
2)TPPの妥結は、日本とアメリカがリードすることにより達成された。

大願成就、めでたしめでたし!
・・・という感じですが、ここでお立ち会い。
施光恒さんや、三橋貴明さんも指摘されている通り、TPPには未だ日本語全訳が存在しません。
もっと言えば、同条約の正文は英語、スペイン語、フランス語と定められており、日本語が含まれていないのです。

国家百年の計は、非常に重要な事柄のはず。
当たり前の話ですね。
しかもTPPの妥結にあたり、日本はアメリカと並ぶリーダーシップを発揮した(らしい)。
付記するならば参加各国のうち、わが国の経済規模はアメリカについで二番目となります。

にもかかわらず、日本語は正文に含まれていない。
交渉に際し、外務省はこの点を要求すらしなかったという話まであります。
そして公式の日本語全訳も、未だ発表されていない。

すなわち日本政府は
1)自国のあり方について、長期にわたって大きな影響を及ぼすと認識している条約をめぐり、
2)自国を十分に尊重するよう求めず、
3)自国民が条約の内容を理解しやすくするための努力も見せないまま、
4)妥結に向けて、アメリカと並ぶリーダーシップを発揮した
ことになるのです!

くだんの姿勢は、アメリカの意向と自国民の利益、どちらを優先させたものでしょうか?
先に紹介した総理発言に「政権発足後、最初の日米首脳会談において交渉参加の決断を致しました」という箇所があることも、関連して見過ごせません。

さしずめ、国家百年の機能不全。
個人的には、この問題だけを取っても、TPPの批准にはできるかぎり慎重であるべきだと思いますね。

なにせ国家百年の計なんですから。
ではでは♪

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1)日本を取り戻すつもりで、日本を売り渡す。そんな事態は実際に起こりうるのです! 詳細はこちらを。
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2)記事の中に出てきたバークの言葉は、この本からのものです。彼はつまらぬ批判の撃退法も心得ていたのです。
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3)日本はどのようにして、自国民の利益より、アメリカの意向を優先するにいたったのか? これについては、こちらをどうぞ。
「僕たちは戦後史を知らない 日本の『敗戦』は4回繰り返された」(祥伝社)
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4)わが国の政治的機能不全をめぐる文化史的、ないし文明論的な背景をめぐっては、この本で詳しく論じました。
「夢見られた近代」(NTT出版)
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http://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B00NMHCN44/ref=tmm_kin_title_0?_encoding=UTF8&qid=1413359176&sr=1-9(電子版)

5)皮肉なことにアメリカ独立は、18世紀イギリスの政治的機能不全を断罪するところから始まったのですよ。
「コモン・センス完全版 アメリカを生んだ『過激な聖書』」(PHP研究所)
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【佐藤健志】お涙頂戴はなぜ悪いか

From 佐藤健志

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本当に経済学は経済を良くするのか?
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TPPは日本の植民地化を進めるのか・・・?
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前回、および前々回の記事で取り上げた「聖羅ちゃんツイート」に関し、ある方から面白いご意見をいただきました。

あらためて記しておけば「聖羅ちゃんツイート」とは、今年の夏、安保法制をめぐる反対デモが各地で開かれたことに関連したもの。
内容は以下の通りです。

【拡散希望】安保反対国会前デモに連れていかれた、
我が孫、聖羅が熱中症で還らぬ人になってしまいました。
あの嫁はゆるせません。
わたしたちは何度も聖羅を置いてくように話したのですが…。
聖羅は何度も何度も帰りたい、と母に泣いてたそうです。

これについては、じつは作り話だったことが判明しているのですが、前回記事ではツイートの論理構造に注目しました。
「炎天下、安保法制反対デモに無理やり連れてゆかれた孫が死んだ」ことは、かりに事実であれば同情を誘うものがある。
ついでにそれは「安保法制に反対する人々はひどい」ことを暗示しますので、間接的に同法制を肯定するニュアンスも持つ。

しかしお立ち会い。
このすべては、安保法制の良し悪しや必要性(の有無)について、何も証明してはいないのです!

チープなお涙頂戴に訴えることにより、理屈抜きで安保法制を正当化しようとしている、そう言われても仕方ないでしょう。
事実、「聖羅ちゃん」が安保法制賛成デモに連れてゆかれたことにするだけで、問題のツイートは法制反対を訴えるものになってしまいます。

・・・と、こう書いたわけですが。
寄せられたご意見は、こんな問題提起をしていました。
「聖羅ちゃんツイート」について、そのままでも安保法制反対のニュアンスを見出すことはできないか?

安保法制を国会で審議しなければ、反対デモが盛り上がることもなかったのだから、「聖羅ちゃん」の死をめぐる責任も、突き詰めれば現政権が負っていることになるのでは、というわけです。

残念ながらこの解釈、ツイートの文面に照らすと少々苦しい。
「あの嫁はゆるせません」と、ハッキリ書かれているからです。
嫁が安保法制反対派であることは、文脈から言って疑問の余地がない。

そして反対デモをやるにしても、炎天下、わざわざ子供を連れてゆかねばならない必然性はありません。
政府としても、そこまでの責任は負えないでしょう。

しかし、くだんの問題提起は別のレベルでは的確なもの。
かりに「聖羅ちゃんツイート」が、こんな内容だったらどうでしょう?

【拡散希望】安保反対国会前デモに参加した、
我が孫、聖羅が熱中症で還らぬ人になってしまいました。
あんな法案を審議するなんて許せません。
わたしたちは安倍総理が日本を良くすると期待していたのですが…。
聖羅は「へいわがすき」と、何度も何度も言っていました。

「聖羅ちゃん」が行ったのは、あいかわらず法制反対のデモですが、ツイートの趣旨はみごとに逆転していますね。
これこそ、お涙頂戴に訴えることの危険性。
引き合いに出した事柄と、主張したい結論との間に、論理的なつながりが存在しないので、話の持ってゆき方次第で、どんなことでも言えてしまうのです!

「聖羅ちゃんツイート」に限った話ではありませんよ。
10月28日の記事「正義感と自己欺瞞」で紹介した、SEALDsの某メンバーの発言を思い出してください。
いわく。

安倍首相は日本を〈美しい国〉、〈すべての女性が輝く社会〉、〈一億総活躍社会〉にしたいそうです。しかし現状はどうでしょうか。この国には、進学を諦めキャバクラで働き家族を養わなければならない十代の子がいます。

この国には、子どもの学費のために裏で自分の内臓を売り、生活をくいつなぐ母親がいます。この国には、何度も生活保護を申請したが拒否され、食べるものもなくやせ細り、命を失った女性がいます。この国には、ひとりぼっちで、誰にも看取られることなく、冬の寒空の下、路上で命を落としていく人々がいます。

やはりお涙頂戴ですが、話をこう続けたらどうなるか?

だから強い経済が必要なんです! そのためにすべきことは、構造改革とグローバル化の徹底です!
既得権益の否定、岩盤規制の打破、そしてTPPの早期批准! これらが達成されれば、放っておいても女性は輝きますし、一億総活躍もおのずと実現されるんです! 今、お話ししたような悲劇だって、すべて防げますよ!!

政権打倒も何もあったものじゃありませんね。
あるいは、こんな「戦争の語り部」トークはどうでしょう。

女学校時代、一番の仲良しだったA子さんが、
戦争末期、勤労動員で軍需工場に連れてゆかれ、
空襲で還らぬ人になってしまいました。
戦争は許せません。
私たちはいつも「平和がいいね」と話していたのですが…。
息を引き取る直前、A子さんは何度も何度も
「もっと生きたい」と涙を流して訴えていたそうです。

これだって、話の持ってゆき方次第では以下のようにできるんですよ。

女学校時代、一番の仲良しだったA子さんが、
戦争末期、勤労動員で軍需工場に連れてゆかれ、
空襲で還らぬ人になってしまいました。
アメリカは許せません。
私たちはいつも「勝つまで頑張ろう」と話していたのですが…。
息を引き取る直前、A子さんは何度も何度も
「仇(かたき)を取ってほしい」と涙を流して訴えていたそうです。
降伏したとたんアメリカに尻尾を振って、
70年たっても追従をやめないとは、まったく恥ずべきものです!

たまにはこんな語り部がいても悪くないとは思いますがね。

とまれ、お涙頂戴はなぜ悪いか?
ずばり、どんなことのダシにでも使えるからです。

そして前回も書いたとおり、物事をまともに考えようとせず、チープな感情に支配されたまま付和雷同することこそ、全体主義の始まり。
われわれの自由は、主体的な思考を続けることによってのみ保証されるのです。
ではでは♪

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〈佐藤健志からのお知らせ〉
1)主体的な思考を放棄したら最後、保守も左翼も区別がつかなくなってしまいます。詳細はこちらを。
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2)国家が全体としてチープな感情に支配され、興奮状態に陥ると、とんでもないことになるという警告です。
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3)戦後日本は付和雷同と無縁だったか? これも危なかったりするんですね。
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4)いや、近代日本そのものが非論理性を抱えているのです。
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5)アメリカ建国の原点にも、けっこうお涙頂戴の発想が見られるのですよ。
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【佐藤健志】「聖羅ちゃん」のパラドックス

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このプレゼンテーションを見た方に限り、
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前回記事で取り上げた「聖羅ちゃんツイート」について、さらに掘り下げてみたいと思います。
まずは簡単におさらいしておきましょう。

今年の夏、安保法制に反対するデモが各地で開かれましたが、その際、小さな子供を連れて参加する母親がいることが話題となりました。

これについては、「ママたちも声をあげはじめた!」などと賞賛する人もいた反面、
「政治について何も分かっていない子供をデモに参加させるな!」とか、
「真夏の炎天下、小さい子供を歩かせると熱中症になる!」といった趣旨の批判も寄せられます。
(注:上記のコメントはどれも厳密な引用ではありません。念のため)

そんな中、次のような内容のツイートがなされたんですね。

【拡散希望】安保反対国会前デモに連れていかれた、
我が孫、聖羅が熱中症で還らぬ人になってしまいました。
あの嫁はゆるせません。
わたしたちは何度も聖羅を置いてくように話したのですが…。
聖羅は何度も何度も帰りたい、と母に泣いてたそうです。

ツイートには「聖羅ちゃん」の写真まで添付されていました。
と・こ・ろ・が。

この話、じつは嘘だったのです。
「聖羅ちゃん」の写真にいたっては、新潟市に住む大嶋陽さんという方のお嬢さんの写真を、勝手に転用したことが判明!
大嶋さんはツイッター社にたいし発信者の情報開示を求め、認められました。

何というか、呆れるほかはない顛末ですが・・・
「聖羅ちゃんツイート」、よく読むといろいろ見えてくるものがあるんですね。

まずはツジツマ。
私の感覚で言うと、孫が死んだことを「還らぬ人になってしまいました」と表現すること自体、どこか不自然なものがあります。
後半、「何度も」がやたらに繰り返されるくだりも、人工的というか嘘くさい。

が、これらは主観の問題として脇に置きましょう。
もっと決定的に破綻している箇所があるからです。
つまり最終行。

聖羅は何度も何度も帰りたい、と母に泣いてたそうです。

それは可哀想にと言いたいところながら、おばあちゃん、この話を誰から聞いたのでしょう?

おばあちゃん自身はデモに行っていないんですよ。
嫁、つまり聖羅ちゃんの母が話すとも信じがたい。
息子、つまり聖羅ちゃんの父がデモに同行していたとすれば、自分で娘を連れて帰るべきでしょう。
でなければ息子にも責任があることになり、嫁だけを非難する態度に筋が通らなくなります。

「わたしたちは何度も聖羅を置いてくように話した」とある以上、夫、つまり聖羅ちゃんの祖父も家に残ったはず。
残るは〈嫁のデモ仲間〉ですが、「あの嫁はゆるせません」と激怒している祖母に、そんなことをわざわざ話すと思いますか?

ちょっと冷静に考えてみれば、ツイートの内容がおかしいことは、裏を取るまでもなく明らかなのです。
逆に言うと、このツイートを読んで納得してしまった人は、気づかないうちに思考が止まっていることになる。

思考はなぜ止まったのか?
お分かりですね。
「純真な子供が、本当は嫌がっているのに、大人の都合でデモに連れて行かれて死んだ」というイメージに共鳴してしまうためです。
そんな理不尽な! と思ってしまうわけですよ。

しかしお立ち会い。
理不尽はいいとして、それは安保法制の良し悪し、ないし必要性(の有無)について、何か証拠立てているのか?
答えはもちろん、ノーです。

そしてこれこそ、くだんのツイート最大の問題。
安保法制に賛成なら、ハッキリそう言えばいいではありませんか。
法制に反対する人々のイメージを(作り話で!)貶めることにより、間接的に肯定しようとするなど、姑息もいいところです。

ちなみに「姑息」は、「姑(しゅうとめ)の息」と書きますが、このツイートが「嫁を許せないと思っている姑の独白」となっているのも、こうなると良くできた話。
「息巻く姑」のふりをしてツイートしていれば、内容が姑息になるのも当たり前なのですよ。

のみならず、この作り話を貫いているのは、純然たるお涙頂戴の発想。
理屈はどうでもいいから、感傷に酔ってくれという書き方です。
裏を返せば、「何も考えずに安保法制に賛成しろ」というのが、ツイート主のホンネ。
まあ、自覚はしていないと思いますが。

しかるに「何も考えずに安保法制に賛成しろ」と主張して良いなら、「何も考えずに安保法制に反対しろ」と主張されても文句は言えないはず。
やっていることは同じなんですから。
論より証拠、「聖羅ちゃんツイート」の構造は、反戦平和を訴える人々が好んで紹介する「戦争の語り部」の述懐と瓜二つなのです。

嘘だろうって?
では、ツイートをちょっと書き直してみましょう。

【拡散希望】女学校時代、一番の仲良しだったA子さんが、
戦争末期、勤労動員で軍需工場に連れてゆかれ、
空襲で還らぬ人になってしまいました。
戦争は許せません。
私たちはいつも「平和がいいね」と話していたのですが…。
息を引き取る直前、A子さんは何度も何度も
「もっと生きたい」と涙を流して訴えていたそうです。

構造は一切変えていませんよ。
時代と状況を置き換えただけです。
よって「聖羅ちゃんツイート」を根拠に安保法制賛成を主張するのであれば、「A子さんツイート」を根拠に安保法制反対を主張されたときにも、もっともだと納得しなければなりません。

というか、本当はこんな書き直しをする必要すらない。
聖羅ちゃんが安保法制に反対するデモではなく、賛成するデモに連れてゆかれたことにすればいいだけの話です。
架空の子供なんですから、どちらでも悪いことはないでしょう。

聖羅ちゃん(の死)は、安保法制反対派を貶めるダシにも、賛成派を貶めるダシにも使える!
さしずめ「聖羅ちゃんのパラドックス」ですが、どちらに転んでも失われてしまうものがあります。
すなわち安保法制の良し悪しや、必要性の有無をめぐるまともな議論。

そして藤井聡さんが言うとおり、物事をまともに考えようとせず、チープな感情に支配されたまま付和雷同することこそ、全体主義の始まりです。

お涙頂戴レベルの発想で世の中を語るべからず!
それが、聖羅ちゃんにたいする最大の供養と言えるでしょう。
ではでは♪

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※本日18日23:59まで※

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【佐藤健志】正義感と自己欺瞞 PART2

From 佐藤健志

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前回の話の続きです。
というわけで、記事の内容をおさらいしておきましょう。
まずは基本となるテーゼから。

1)人間は正義感や使命感に駆られると、とかく自己陶酔に陥る。そして自己陶酔は、とかく自己欺瞞へと発展する。
「世の中を良くするために立ち上がるんだ!」と意気込んでいたはずが、いつの間にか「世の中を良くするために立ち上がったんだから、自分(たち)は注目されて当然だ!」と信じこむにいたる次第。

2)ところが世の中が本当に良くなったら、「世の中を良くするために立ち上がった人々」は用済みとなってしまう。
「世の中を良くするために立ち上がったんだから、自分(たち)は注目されて当然だ!」と信じこんでいる人々にとり、これは由々しき事態である。

3)ゆえにこれらの人々は、表面的な主張とは裏腹に、「世の中が良くならないこと」、あるいは「世の中がもっと悪くなること」をひそかに望みはじめる。そのほうが自分たちが注目されるからである。

その具体例として、安保法制をはじめとした現政権の政策に反対する学生組織「SEALDs」のメンバーが、渋谷で開いた集会において「この国には、子どもの学費のために裏で自分の内臓を売り、生活をくいつなぐ母親がいます」と発言したことを取り上げました。

くだんの発言は事実無根。
SEALDsも公式ツイッターアカウントを通じてその点を認め、発言を撤回・謝罪するにいたりました。
「臓器売買発言」をしたメンバーは、あるシンポジウムで聞いた話を勘違いしたあげく、事実確認をせずにしゃべってしまったのだそうです。

とはいえ、なぜ勘違いしたのかを考えるとき、「このメンバーは〈子供の学費のために自分の臓器を売る母親〉に存在してほしかったに違いない」という点が浮かび上がる。
そんな事例があるとすれば、それは現政権がいかに悪いかの証拠となり、政権を倒そうと活動している自分たちがいかに素晴らしいかの証明となるからです。
自己欺瞞のせいで、事実と嘘の区別がつかなくなってしまったわけですね。

し・か・し。

この手のポカは、決して特定の立場の人々の専売特許ではない。
安保法制反対デモを批判する側も、みごとに同じことをやらかしています。
以下の記事をどうぞ。

「安保法案反対デモで孫が死んだ」とツイッターに嘘の投稿→発信者の情報開示命令

ツイッターに1歳の娘の写真を無断で転用されたうえ、「安保法案反対デモで孫が死んだ」と嘘の書き込みをされたとして、新潟市の30代の夫婦が、ツイッター社に対して発信者の情報開示を求め、認められた。東京地裁はIPアドレスなどの開示を命じたという。10月14日、産経ニュースなどが報じた。

NHKニュースによると、申し立てをしていたのは新潟市に住む大嶋陽さんとその妻。7月にツイッターに、大嶋さんの娘の写真が無断で添付された下記のような投稿がなされていた。

「【拡散希望】安保反対国会前デモに連れていかれた、我が孫、聖羅が熱中症で還らぬ人になってしまいました。あの嫁はゆるせません。わたしたちは何度も聖羅を置いてくように話したのですが…。聖羅は何度も何度も帰りたい、と母に泣いてたそうです。」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/14/twitter_n_8291606.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001
(表記を一部変更)

「デモに連れて行かれた孫が死んだ」という内容自体が事実無根のうえ、他人の子供の写真まで勝手に使ったときては、どうにも弁明の余地はありません。
ただしSEALDsの公式ツイッターアカウントふうに言えば、このツイート主も「聞いた話を勘違いした」可能性が高い。

今年の7月26日、「安保関連法案に反対するママの会」が、渋谷をはじめ、各地で集会を開いたのですが、その際、幼稚園ぐらいの女の子や、ベビーカーに乗った男の子が、会場に連れて来られている様子が紹介されました。
たとえば、こちらの記事の画像のように。
http://blogos.com/article/124721/

これにたいし、高須クリニックの高須克弥院長が、ツイッターでこうコメントしたのです。
「イデオロギーの定まらない子供をデモに利用するな! 猛暑日に炎天下を子供に歩かせるな! 熱中症になる!」
「赤ん坊まで猛暑日炎天下のデモに連れてくる馬鹿母! 父親は何してる? 制止しろよ」

そして別のユーザーからは、こんなツイートが。
「ベビーカーに乗せられている子供がぐったりしている、子供の命を危険に晒(さら)しているのはどっちだ!」
(脱字を1字追加)
http://news.livedoor.com/article/detail/10397171/

「子供の命を危険に」うんぬんのくだりは、「安保関連法案に反対するママの会」が「誰の子供も殺させない」と謳ったことへの言及と思われます。
それはともかく、「安保法制に反対するような連中と違って、自分は日本の安全保障を真剣に考えている」という自己陶酔、ないし自己欺瞞に陥った人が、このやりとりを読んだとしましょう。

当該の人物が、
「デモに連れて行かれた幼児の中に、熱中症で死んだ子がいるに違いない」
と信じこむのは、十分ありうることではないでしょうか?

あとは死んだ(はずの)子を「聖羅」と名づけ、「祖母と嫁の対立」という昼メロ調の脚色を施せば、問題の虚偽ツイートができあがります。

けれども、これが意味するところは重大。
臓器売買発言をしたSEALDsメンバーが、「子供の学費のために自分の臓器を売る母親」に存在してほしかったのと同様、このツイート主は「安保法制反対デモに連れて行かれて死んだ幼児」に存在してほしかったことになる。

なぜか?
そんな事例があるということは、安保法制に反対している人々がいかに悪質(ないし、少なくとも致命的に軽率)であるかの証拠であり、同法制が望ましいことの証明となるからです!

何せツイートの論法にしたがうかぎり、かりに「安保関連法案に反対するママの会」が、子供を家族に預けたうえで集会を開いたり、会場での熱中症対策に万全を期したりしていたら、どうなるか?
そうです。
同会のスローガン「誰の子供も殺させない」にも、説得力があるという話になりかねない。

「聖羅ちゃん」が炎天下、熱中症対策が考慮されない状態で集会に連れてこられ、死なないことには都合が悪いのです。

安保法制が成立するためなら、幼い子供が犠牲になってもいい。いや、犠牲になってもらわなければ困る!
これこそ、「聖羅ちゃんツイート」にひそむホンネ。
とんでもありませんね。

おまけに自分たちの娘の写真を(死んだものとして!)無断で使われた大嶋さん夫妻が、どんな気持ちになるかも考えていない。
肖像権の侵害という自覚もなかったことでしょう。

だから自己欺瞞はよろしくないと言うのですよ。
ではでは♪

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