【青木泰樹】日銀の「言い訳」

From 青木泰樹@経済学者

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【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

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新年おめでとうございます。

近年、政治家にせよ、経済学者にせよ、自分の過去の発言(言説)に責任を持たない人が多くなりました。
これまでの主張に反する事実が突き付けられたとしても、意に介さない。
前言を糊塗(こと)するために言い訳に終始する人もいれば、突然、何の説明もなく前言を翻す人さえ見かけます。
彼等は自分の間違いを決して認めず、責任も取りません。
経済マスコミが本来なすべきチェックを怠っていることが、そうした不誠実な風潮を助長させているのでしょう。

そうした人たちが権力の中枢もしくは政策立案に多大な影響を及ぼす地位を占めているならば、一般国民はたまったものではありません。
独りよがりの彼等の理屈によって、国民生活は振り回されてしまうのです。
例えば、2014年4月の消費税増税の影響は軽微だと主張していた増税推進派の面々を思い出してください。
今年、彼等は2017年の再増税に向けて再び同じことを繰り返すことでしょう(ただし、本年の経済問題の中心と思われる消費税問題に関しては別の機会に論じます)。

本日は、日銀の金融政策に関する「言い訳」について考えたいと思います。

昨年は日銀による量的・質的緩和政策の理論的および技術的な限界が露呈した年となりました。
リフレ政策の開始より今年4月で丸三年が経過しますが、日銀の目標とする「2%の物価上昇」には遠く及びません。
日銀の目標としている物価は、生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)のことですが、現在、年間80兆円規模でベースマネーを増加させているにもかかわらず、コアCPIは0%近辺で推移しております(昨年8月~10月はマイナス0.1%でした)。
量的緩和を発動して以来、220兆円余りのベースマネーを増やした結果がこれです。

誰が見ても、「日銀が強力なコミットメントを発し、ベースマネーを増加し続ければ、インフレ期待は上昇し、需給ギャップは解消され、物価は上昇する」というリフレ派の理屈は、現実経済では成り立っておりません(リフレ派の詳しい経路に関しては、岩田規久男日銀副総裁の下記の講演資料、特に図表11を参考にしてください)。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/ko140910a.htm/

それが事実なのです。リフレ政策のこれまでの帰結なのです。

本来、黒田東彦日銀総裁は、リフレ派論理の何れの効果波及過程(トランスミッション・メカニズム)が機能していないのかを国民に誠実に説明する責任があります。
理論的に説明すべきなのです(いくつも穴があるので、無理でしょうけれど)。
しかし、彼はそれをせずに、言い訳に終始するのです。

昨年の4月以降、消費税率の3%上昇分による見かけの物価上昇がはげ落ちた頃より(物価は前年同月比で測りますから)、黒田総裁は、頻繁に「物価の基調」という言葉を使い始めました。
「コアCPIは原油安によって低迷しているが、原油安の影響を取り除いた物価の基調は着実に改善している」といった具合です。
つまり彼の言う物価の基調とは、エネルギー価格を除いた「コアコアCPI」のことでした。
「目標は、あくまでもコアCPI上昇であるが、物価の基調を見るのはコアコアCPIだ」と訳の分からないことを言い始めたわけです。
まさにご都合主義。

この言い訳を岩田副総裁の口から聞きたいものです。
なぜなら、彼は「個別的な(ミクロの)価格動向は、全体の(マクロの)物価水準に影響を及ぼさない」と主張していたからです(詳しくは前掲の講演資料参照)。
例えば、原油価格の下落は、他財の需要増をもたらす(価格を上昇させる)ため、全体の物価水準を下落させるものではないと。
そして、個別的価格の変動によって物価水準が変動すると捉える人を「足し算エコノミスト」と揶揄(やゆ)しておりました(それに関しては下記参照)。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/07/aoki-11/

岩田副総裁の根本的な誤りは、経済全体の総需要(財サービスを買うためのカネの量)を一定と考えていることです(かつ全ての市場の需給が一致している)。
その場合、ある財の価格下落によって余ったカネは必ず他財の購入に充てられることになり、他財の価格は上昇します。
すなわち個別的な価格動向は相殺されてしまうと考えているのです。
個別の価格動向が物価に無関係であるなら、物価は全体のカネの量によって決まるとする数量説的見解に行き着くわけです。

しかし、例えば100円のモノが70円に下がって安く買えた分、すなわち30円の余ったカネを将来にとっておく場合はどうなるでしょう(使わない場合です)。
また、余ったカネを他財の購入に使うにしても、その市場が超過供給状態にある場合はどうなるでしょう(価格が上がらない場合です)。
言うまでもなく、不確実性のある世界(現実)、デフレ不況下にある世界では岩田説は成立しないのです。

岩田説が成立するならば、CPIも、コアCPIも、コアコアCPIも一致しなければ理屈に合いません。
岩田副総裁は、この自己矛盾にどう折り合いをつけるのでしょうか。
おそらく頬かむりでしょう。
最近、彼は足し算エコノミストの話を持ち出すことを止めたようですから。
そもそも、「2年で2%の物価上昇が起こらなければ辞任する」と大見得を切って副総裁に就任した人です。
その期限は去年の4月でしたが、今なお居座り続けていますね。
コミットメントを重視するリフレ派の主唱者だけに、いとも簡単に前言を翻すとは、残念なことです。

物価低迷が続いている現状ですが、それでは実体経済の方はどうでしょう。
リフレ派の理屈通り、消費は増加し、実物投資も増加し、需給ギャップは解消される方向に進んでいるのでしょうか。
とんでもありません。実質賃金も、実質消費も、実物投資も低迷したままなのです。
2014年の実質成長率はマイナス1%でした。
2015年度に入っても第一四半期は前期比マイナス、第二四半期は改定値でかろうじてプラスになりましたが、2015年を通しても0%台前半がせいぜいでしょう。
黒田総裁は、消費税増税をしても金融緩和でカバーできると強弁していたのですから、自分の認識の誤り(その背後にある金融政策の限界)について率直に説明すべきでしょう。

ところが反省するどころか、3%台前半の失業率を完全雇用に対応するものとして、現在の景気状況は順調なのだと言い訳を続けます。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko151224a.htm/

黒田総裁の誤りは、非正規雇用が雇用者の4割を占めるに至っているという雇用環境の構造変化を考慮せず、従来と同じように失業率の水準だけを見て完全雇用か否かを判断しているところにあります。
中身(質的側面)を見ない。
失業率(完全失業率)の定義における就業者には、正規、非正規の区別はありません。

確かに主婦や高齢者のように非正規雇用を望む人たちがいる反面、給与格差の大きさから若年層から壮年層を含め正規雇用を望みつつ、非正規に甘んじている人たちも多いのです。
そうした「不本意非正規雇用者」、いわば非自発的雇用者は非正規雇用全体の2割程度を占めているのです。
20余りの様々な雇用統計の中身を注視すると言われるイエレンFRB議長ほどではないにせよ、黒田総裁も雇用統計の中身をよく見て雇用状況を判断すべきでしょう。
私見では、不本意非正規雇用者の解消(せめて8割程度)なくして完全雇用状態とは言えないと思います。

ただ黒田総裁は、表面上、強気を装っておりますが、焦りの色も垣間見られます。
景気は順調との認識を示しつつ、機会をとらえては企業経営者に対して、設備投資や賃上げに動くように促しているからです。
「今こそチャンス、金利の安いうちに設備投資を実施しなさい」、「将来、人手の確保で苦しむから今のうちに賃上げを」と触れ回っているのです(安倍総理も選挙対策としてやってますね)。

リフレ派の理屈からすると、将来2%のインフレになると予想した合理的な企業経営者が、実質金利の低下を受けて「自主的に」実物投資を増加させるはずなのですが。
現実(不確実性の世界)では、黒田総裁自身が、リフレ派の理屈通り行動しなさいと説得しなければならないわけです。
理論に合わせろと。
しかし、それでも経営者は将来の需要増を予想しなければ設備投資を増加させないでしょうね。

量的・質的緩和政策の技術的な限界も露わになってまいりました。
昨年12月18日に発表された日銀の補完措置の内容があまりに小粒で、唖然とされた方も多いのではないでしょうか。
株価も反応しませんでしたね。
質的緩和として、ETF(上場投資信託)の買い入れ額を年間3千億円増やす。
量的緩和として、国債の購入量はそのままに残存期間の長めのものを増やすと。
以前、指摘したように日銀の国債買い取りは限界ですから、質的緩和を微増させるのがやっとなのです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/09/12/aoki-18/

リフレ派の理屈は間違っているが、国債の買い取り策は財政問題の解決に資するので正しいというのが私の立場であり、今年もその啓蒙に努めようと思っております。
しかし、そうした国債買い取りのメリットを十分活用しない方向に財政運営がなされていることは残念です。

日銀保有の国債が増えれば(昨年末の時点で325兆円)、当然利息収入も増えますから剰余金も増えます(昨年3月末で1兆円余り)。
本来、日銀剰余金は国庫へ還流するのですが、それが日銀の資本増強や将来の金利上昇に備えた引当金の増額によって数千億円規模で減少してしまいました(財務省が認めたわけです)。
経済通念に縛られた出口戦略なるものに怯えた結果です。

また国債買い取りによる低金利状況を利用して、財務省は、国債の前倒し発行(前倒し債)を2016年度は48兆円に引き上げました(前年度より16兆円増)。
現在、日銀による国債の大量買い取りによって、民間保有の国債が純額で年間40兆円余り日銀に移し替えられていますから、国債市場が干上がることを懸念した措置でしょう。
財務省も民間へ国債を供給する必要性に気づいたところまでは進歩したようです。
しかし、供給手段および背後の論理が間違っています。

前倒し債で調達した資金は、特別会計にためておき、必要な時に使うというものです。
なぜ今使わないのでしょう。
財務省は、前倒し債の発行を増額するのではなく、建設国債の発行を増額し、国土強靭化事業を推進すべきなのです。
例えば、建設国債発行で得た資金のうち数兆円を鉄道各社へ無利子で貸し付ければ、リニア新幹線網が予定より格段に早く完成し、経済効果は計り知れないのです。
それが国家の安全保障にとっての王道といえる財政運営ではないでしょうか。

本年もよろしくお願いいたします。

—メルマガ発行者より

【解説】
人口減少で好景気になる理由
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【青木泰樹】経済学における実証の限界

From 青木泰樹@経済学者

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【解説】
人口減少で好景気になる理由
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たいていの人は、「実証」という言葉に弱いと思われます。
「この理論(仮説)は、現実の統計データによって実証されているのだ」と大上段に振りかぶられると、面と向かって反論しづらいですし、何となく「そんなものかな」と受け容れてしまうのではないでしょうか。

しかし、経済理論(仮説)の実証分析(結果)というものは、実は分析対象とする特定期間の特殊な状況を「後講釈」したものにすぎないのです。
その程度のものなのです。
社会科学研究における実証結果は、なにぶん人間社会が相手なので、自然科学研究における実証結果(例えばニュートリノの質量の発見)のような一般性(普遍性)を有していないのです。
両者を混同すると、経済仮説の実証結果を重視しすぎて本質を見失いかねません。

本日は、その辺りの事情を示すとともに、特定期間の実証結果にこだわって、将来をその延長線上にあるものと考えることの誤りについてお話ししたいと思います。

前回は、経済学の原理原則に盲従する経済学者の言説を受け容れることの危険性について指摘しました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/11/07/aoki-20/
題材としてマンキューの『経済学の10大原理』のうち「政府がお金を発行しすぎると物価は上がる」という原理を取り上げ、それが妥当するには極めて厳しい(非現実的な)前提条件が必要であることを指摘しました。
それゆえ、その原理をベースに現実経済を見ることは不適切であると論じました。

今回の題材もまたマンキューの10大原理のひとつである「社会はインフレと失業の間の短期トレードオフ関係に直面している」という原理(物価版フィリップス曲線)を取り上げ、社会科学研究における実証の意味について具体的に考えたいと思います。
事例としてフィリップス曲線を取り上げるのは、それがしばしば実証分析の対象とされていること、およびリフレ派の人達もこのトレードオフ関係を貨幣的要因と実物的要因の橋渡しとして重視していると思われるからです。

先ずフィリップス曲線を簡略に説明しておきましょう。
それは、1950年代、経済学者フィリップスが英国のデータから発見した経験的な「貨幣賃金率と失業率の負の相関関係」を指します。
その後、サムエルソンやソローといった米国ケインジアンが貨幣賃金率の替わりにインフレ率を用いた物価版フィリップス曲線(以下、フィリップス曲線と略称)を提唱しました。
縦軸にインフレ率、横軸に失業率を表示したときに右下がりの曲線として描かれる関係です。

さらにミルトン・フリードマンは、フィリップス曲線に期待(予想)の概念を導入しました。
具体的には、合理的経済人を前提に、期待インフレ率の動向によって将来の実質賃金率が決まり、それによって労働需要量が決まる、すなわち雇用量(同時に失業率も)が決定されると考えたのです。
そして期待が実現する長期における(自発的)失業率を自然失業率と定義し、経済は長期的にそこから乖離することはないとする「自然失業率仮説」を唱えたわけです。
読者の皆様も、長期において垂直線として描けるフィリプス曲線を見たことがあるかもしれません(現在では、インフレ率と需給ギャップの相関関係もフィリップス曲線と呼ばれるようになりました。また需給ギャップ以外の変数を含めた関係式も「誘導型フィリップス曲線」と呼ばれています)。

こうしたフィリップス曲線解釈の変遷の中に本日の問題が隠されています。
フィリップス自身が提示したのは、経験的事実から得られた相関関係(特定期間における経験則)にすぎません。
簡単に言えば、「たまたま、この期間、そうなっていた」以上のことは言っていないのです。
しかし、米国ケインジアンは、この相関関係を因果関係と解釈し直し、フィリップス曲線を仮説として提示しました。
失業率(原因)が決まれば、インフレ率(結果)が決まり、かつ両者の相関も安定的であると。
そこから景気を良くするためには(失業率を低下させるためには)、より高いインフレ率を甘受しなければならないという米国ケインジアンの政策指針としてフィリップス曲線は用いられたのです。
この段階以降、フィリップス曲線は「いつでも、何処でも、そうなる(その関係が保持される)」という仮説に転じたと言えます。

言うまでもなく、相関関係は因果関係を意味しません(因果関係の必要条件ではありますが)。
フィリップス曲線の場合も、表面上観察される失業率とインフレ率のトレードオフ関係が、他の要因、例えば景気動向(GDPの変動)が原因となって生じた派生現象として捉えることも可能です。
例えば、景気が好転し、雇用が増加しつつあるときに、たまたま財市場の需給が逼迫した状況にあれば物価が上昇するといった具合です。
実際、これがフィリップス曲線の現実的解釈でしょう(両者の相関関係は景気動向に依存しており、一般的な関係は導出できない、個別的現象として認識せねばならないというのが私の考えです)。

米国ケインジアンの提示したフィリップス曲線は、仮説ですから、当然、真偽が実証されねばなりません。
現実の統計データで検証されねばならないのです。
そして、1970年代のスタグフレーション(失業率とインフレ率の同時上昇)という事実の前に米国ケインジアン流のフィリップス曲線解釈は斥けられ、それ以降、短期と長期を分けて考えるフリードマン流のフィリップス曲線解釈が主流となりました。

さて、実証の意味についても少し考えておきましょう。
経済学での実証分析は、論理的に演繹された理論モデルを計測可能な形(計量モデル)に変え、統計データに当てはめて検証を行う作業を指します(いわゆる実証経済学)。
その成果が経済政策に直結するのですから、経済理論と現実をつなぐ重要な分野です。

経済学でそうした実証分析が重視される契機となったのは、20世紀初頭の「論理実証主義」の影響と考えられます。
論理実証主義とは、人文科学(社会科学も含む)の命題(仮説)が自然科学同様に科学的であるための条件として、「論理的命題は検証可能でなければならない」ことを主張した科学哲学(学問およびその進展を分析対象とする学問)です。
現実のデータで検証不可能な仮説は科学ではないという話ですから、その影響下にあった経済学者達が、こぞって経済の質的側面よりも量的側面を重視したというその後の経済学の潮流も頷けるかと思います(もちろん、その方向性によって失われたものも多いのですが)。

ただし、論理実証主義には致命的な欠陥がありました。
ある特定の命題を真とするためには、過去、現在ばかりでなく将来のデータでも真と検証できなければならない場合があるのです(詳細は長くなるので省きます)。
さすがにその検証可能性の基準は厳しすぎるということで、その考え方は急速に影響力を失いました。

替わって影響力を持ったのが有名なカール・ポパーの「反証主義」です。
ポパーは、命題が科学的であるか否かの線引きに際して、データによる反証可能性を有しているか否かを条件に挙げました。
そして、科学的命題が現実のデータで反証されない限り、それは真。ひとつでも反証となるデータが観察されれば、それ以降は偽とされるわけです。
非常に明確な基準であり、自然科学研究においてはまさにそうした基準が適用されていると思われます。

しかし、経済学の実証研究に関しては、そうではありません。
経済学では、問題(命題)の設定すなわち計量モデルの構築までは論理実証主義を踏襲しているように見えますが、命題の真偽の判定に関しては「あやふや」なのです。
具体的には、仮説(命題)に反するデータが出ても、それが棄却されることはないのです。
命題の真偽とは、その一般妥当性に関する判定に他なりません。
ここが極めてあやふやなので(人間社会を分析対象としているので仕方ないのですが)、私は経済仮説の実証結果は、一般性のない、特殊な状況の後講釈であると論じているのです(もちろん、ある仮説で特定の状況を説明することは意義のあることですが、それを一般論として認識することが誤りなのです)。

フィリップス曲線を例に考えましょう。
黒田東彦日銀総裁が講演で指摘しているように(下記参照)、実は1990年代半ば以降の米国とユーロ圏のフィリップス曲線は、ほとんど水平な形をしています(失業率の範囲は異なっていますが)。
日本のそれは右下がりの形状を有しておりますが、インフレ率0%の線をまたいでおり、大部分がマイナスの領域にあります。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko150524a.htm/

1960年代の米国のフィリップス曲線は、きれいな右下がりになっておりました。
また日本では1970年代から80年代にかけては、曲線が大きく傾いておりますが、2000年代に入るとほぼフラット化しています。

そうしたことから読み取れることは何でしょう。
フィリップス曲線が水平に近いということは、インフレ率と失業率はほとんど無関係(無相関)ということを意味します。
そうした状況下で、失業率が低下してもインフレにならないということは、総需要不足が継続している状況と考えられます。
ちなみに現在、米国のイエレンFRB議長は雇用状況の改善を受けて利上げをすると予想されていますが、フラットなフィリップス曲線を前提とすれば理屈に合いませんね(インフレ予防ということなのでしょうが)。

フィリップス曲線は各国ごとに形状が異なっていますし、同じ国でも期間によって形状が異なっていることが観察されます。
すなわち、「社会がインフレと失業の間の短期トレードオフ関係に直面している」国(期間)もあれば、そうでない国(期間)もあるのです。
それゆえ、フィリップス曲線に関するマンキューの経済原理を一般性のある論理として認識することは適切ではありません。

主流派経済学は、抽象的な市場システムの想定の下で、一般妥当性のある論理の構築を目指していますが、そうした論理を用いて現実を分析しようと試みると必ず歪(ひずみ)が生じます。
その歪の一端が、経済仮説の一般性のない実証結果に表れているのです。

—メルマガ発行者より

【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

【青木泰樹】「経済学を学ぶ理由は、経済学者に騙されないためです」

From 青木泰樹@経済学者

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https://youtu.be/iGKatGagXaY

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「経済学を学ぶ理由は、経済学者に騙されないためです」と経済学者ジョーン・ロビンソンは警句を発したと言われています。
経済論理は、特殊な前提条件の下で成り立つ理屈にすぎません。
いわば「狭い土俵の中」での話であることを忘れてはならないのです(学説ごとに土俵の広さは異なりますが)。

しかし、世間には経済学の原理原則を現実経済の分析に直接適用しようとする経済学者やエコノミストが後を絶ちません。
彼等は、経済学という土俵の中の理屈で、現実経済という土俵の外の話を論じるという過ちを犯しています。

言うまでもなく、現実経済は経済学の要求する前提条件を満たしておりません。
それゆえ現実経済を論じる(土俵の中に入れる)ためには、前提条件を緩める(土俵を拡げる)ことが必要です。
さしずめ私の指向する経済社会学はこれにあたります。
しかし、現在の主流派経済学(新古典派経済学の後継の諸学説)は、土俵を狭くすることに専心していきました。
その結果、経済学と現実経済の距離はますます開いていったのです。

経済学者の経済認識と現実経済のズレが拡大している以上、もはや経済学者の言をそのまま信じては現実経済の動向を見誤ることになります。
彼等の提言通りに経済政策が実施されたら、国民経済はたいへんな災厄(人災)を被ることになってしまうのです。

本日は、経済学の原理原則を絶対視すること、もしくはそれに基づき現実経済を認識することの危険性について具体的にお話ししたいと思います(分量の関係で二回に分けます)。

経済学の原理原則の具体的な題材として、著名なニュー・ケインジアンの学者であるグレゴリー・マンキューの提示する「経済学の10大原理」のうちマクロ経済に直接関わる二つの原理を取り上げます。
ちなみに10大原理は、マンキューの世界的なベストセラーである著書『経済学原理』に示されているもので、その邦訳書『マンキュー経済学』は経済学の教科書として有名ですので、ご存知の方も多いと思います。

今回取り上げるのは、「政府がお金を発行しすぎると物価は上がる」という貨幣に関する原理で、次回は「社会はインフレと失業の間の短期トレードオフ関係に直面している」という物価版フィリップス曲線に関する原理です。
いずれもリフレ派の経済学者の依拠する理論的基盤ですね。
これらの原理(いわば経済学者の経済観)で現実経済を認識するのは不適切であることを説明します。

以前、このコラムで三橋さんが貨幣の定義についての話をされていました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/09/28/
その記事の中で興味深かったのは、貨幣(この場合は通貨)の定義をめぐる岩田規久男氏(現日銀副総裁)と三橋さんのやり取りです。
岩田氏は「貨幣はマネタリーベース(現金)」と考え、三橋さんは「貨幣はマネーストック(現金プラス預金)」と考えておりました。
実は、このやり取りの中に「経済学における貨幣の定義」と「現実経済における貨幣の定義」の相違が潜んでいるのです。
もちろん、岩田氏は前者の立場、三橋さんは後者の立場です。

この貨幣の定義の違いを理解するためには、国民経済の基本構造を知る必要がありますので、簡単なイメージを示しておきます。
国民経済は「政府ムラ」と「民間(経済)ムラ」から成り立っており、それぞれのムラには2軒の家が建っていると考えてください。
政府ムラの2軒は、「親(政府)」の家と、「子(日銀)」の家です。
民間ムラの2軒は、「銀行」の家と個人と企業が暮らす「実体経済(民間非金融部門)」の家です。

経済学の支配的な貨幣観は、「貨幣は民間経済の外で造られる」と考える外生的貨幣供給論です。
この点に関してはケインズ経済学もマネタリズム(新貨幣数量説)も同じです。
すなわち、貨幣は政府ムラの造る現金(マネタリーベースもしくはベースマネー)と定義されます。
民間ムラで現金を保有しているのは、銀行と実体経済に住む個人と企業ですから、その合計額を貨幣量と考えているのです。
ちなみに銀行は保有する現金を「準備」として日銀に預けております(日銀当座預金)。

他方、マネーストックは「実体経済内で保有されている現金と預金の合計額」として定義されます。
そこには現金に加えて、民間内部で銀行によって造られる「預金通貨」も含まれています。
言うまでもなく、マネーストックの動向、特に国内の財サービスの購入に使われるカネの量(アクティブマネー)の動向が景気動向(実体経済の規模の変動)に直接関係しています。
逆に、銀行の現金保有量の変動は景気に直接関係するものではありません。
超過準備が発生しようと、融資が増えるか否かは景気に依存するからです。
それゆえ、実体経済の動向を見る指標としてベースマネーよりマネーストックを重視するのは自然なことです。

それではなぜ支配的な経済学の貨幣の定義には、預金通貨が含まれていないのでしょう。
先に示した国民経済の簡略イメージを思い出してください。
個人や企業(実体経済)の保有する預金とは、「預け入れ」という名称がついておりますが、実際は銀行への「貸し付け」のことです。
すなわち実体経済の預金(資産)は、銀行にとっての同額の負債であり、民間経済内で合計すると純額としてゼロになってしまうのです。
その場合、民間ムラで資産(購買力)として残るのは現金だけとなります。

このように経済学の基本的な考え方は、単純に「政府」と「民間」を対峙させるだけで、各部門の内部(2軒の家の存在)にまで洞察を加えないために、どうしても現実経済を考える場合に齟齬が出てしまうのです。

しかし、経済学の貨幣の定義と現実のそれが異なっていようと、両者を関連づける概念があります。
それがマネーストック(M)とベースマネー(H)の比率として定義される「貨幣乗数(M/H)」です。
この貨幣乗数の値が一定の値として安定しているならば、「貨幣とは現金のことだ」とする経済学の定義を現実に適用しても問題はなくなります。
その場合、ベースマネーとマネーストックの間に一定の比例関係が常に維持されます(貨幣乗数の定義式を因果式と解釈すれば)。

例えば、貨幣乗数が7で安定していれば、ベースマネーを1兆円増やした時、マネーストックは7兆円増えることになり、政府はベースマネーの量を操作することでマネーストックを制御することが可能になるからです。

実際、岩田氏は、かねてからベースマネーによるマネーストックの制御は可能とする学問的立場を取っておりました(経済学の教科書の立場)。
ベースマネーによる制御が可能か否かに関して、以前、彼は当時日銀に所属していた翁邦雄氏と「岩田・翁論争」を起こしたくらいです。
それゆえ、岩田氏が、三橋さんに問われた時、「貨幣の定義はマネタリーベース」と答えたのは、当然でしょう。

しかし、岩田氏の強弁は、現実経済を前提とすれば成り立ちません。
貨幣乗数は、(金融政策の結果として)「事後的に算出されるHとMの比率」に過ぎないのです。
事前に決まっている数値(パラメーター)ではありません。
そのことは、政府から民間へ現金を注入する経路を考えれば容易にわかります。

日銀の量的緩和策を考えてみましょう。
日銀は民間ムラの銀行の保有する国債を買い取り、現金を渡します。
しかし、実体経済に現金を渡しているわけではありませんから、マネーストックは増えません。
なぜなら、「ベースマネーとして定義される現金(民間保有の現金)」と「マネーストックを構成する現金(実体経済保有の現金)」は、同一ではないからです。
先述したように、マネーストックの定義の中の現金に銀行保有分は含まれないのです。

このことさえ認識されれば、需給ギャップを解消し2%インフレを目指すとする量的緩和策の限界はおのずから明らかでしょう。
確かにベースマネーを増やすことは出来ます(量的緩和策とは、銀行保有の現金を増やす政策ですから)。
しかし、マネーストックを増やすには銀行による実体経済への融資が必要なのです。もちろん、融資の前提は実体経済の資金需要です。
それも不動産投資向けやM&A資金向けではなく、(景気浮揚のためには)国内の実物投資への融資の増加が必要なのです。

今後も量的緩和は継続されますから、貨幣乗数は下がり続けることになります。
それはベースマネーによるマネーストックの制御が不可能なことの端的な証(あかし)なのです。

政府から民間へ現金が流れる現実的経路を考慮しないどころか、融資自体を無視するのがマネタリズムです。
実は、銀行融資を考慮すると、「貨幣的要因は実物的要因に影響しない」、簡単に言えば、「価格が変化しても取引量は変化しない」とするマネタリズムの理屈(「貨幣の中立性」)が破綻するのです。
融資を受けた投資家は、自分の必要なものしか買いません。
それによって追加需要の生じた特定の財の価格は上昇しますから、相対価格体系(諸財の交換比率)は変化してしまうのです。
その結果、取引量も変化します(貨幣が非中立的となる)。

マネタリズムは、融資の代わりに、実体経済へ直接現金を渡す荒唐無稽な経路を考えました。
それが「ヘリコプター・マネー」です。
ヘリコプターで現金を実体経済へばらまくのです。
これは例え話と言われていますが、民間への貨幣の注入経路を持たないマネタリズムにとっては極めて重要な前提なのです。

さらに現金を拾う側にも厳しい条件が課されます。
例えば、10%の物価上昇を目指す政府が当該額の現金を民間にばらまくとします。
このとき拾う側は、現在保有している現金の10%だけ拾わなければなりません(それ以上でも以下でもいけません)。
そして拾った人達が、拾う前と同じ嗜好(消費パターン)を維持していたとすると、その時初めて、物価が10%上がり、かつ取引量は不変という状況が現れるのです。

如何ですか。
経済学の理屈は、厳しい前提条件を受け容れれば成立する真理であることに疑いはありません。
しかし、その条件が現実にどの程度妥当するかを考えずに、結論をそのまま受け容れてはなりません。
政府がお金を発行しすぎても、それを使わなければ物価は上がりません。
銀行へお金をたくさん渡しても、実体経済の人々がそれを借りて使わなければ物価は上がりません。
民間が使わない状況であるなら、政府が使う(公共投資)しか物価は上がりようがないのです。

ロビンソン女史は、「経済学を学ぶことは、同時に経済学の限界(適用範囲)を知ることでもある。それを理解した上で、経済学の原理原則に盲従するのではなく、現実経済の分析に適した方法を選択せねばならない」と言いたかったのかもしれません。

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お客様の声

「中国の読み方」
By 小池さま

“今回の講義の全体を傾聴し、論旨が一貫してぶれない貴論調に引きずり込まれて、
思わず身を乗り出すようにして聴き入ってしまいました。
このような経験は79歳のこれまでを振り返ってみてもきわめて少ないです。
次回も同様な期待をさせていただくのは、ご負担になるやも知れませんが、聞き続けていきたいです。”

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