【浅野久美】あけてびっくり別の顔

From 浅野久美@月刊三橋ナビゲーター&チャンネル桜キャスター
   http://keieikagakupub.com/38news/

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検証!! 公共投資のやりすぎで財政赤字が拡大したのか??
https://www.youtube.com/watch?v=yGNv1Z3LZl0

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年が明けてまだ二週間。
なのに、なんだか今年は正月気分も早々に吹き飛び、
株価・テロ・ベッキー・SMAP・事故。
立て続けに大きな出来事があって、《新たな気持ち》《今年の抱負》などはまったく意識されないまま、
気づいたらストンといつもの世知辛い日常でした。てな具合の、
ここ数年で最も、落ち着きも華やぎもない睦月・・な印象となってしまった今日この頃です。

なんてね。
まだカレンダーも新品一枚目なのに、縁起でもない。
と言われるかも知れませんが、私がここまでテンションが低いのにはワケがあるんですよ。

実はこの正月、成人して初めて、一滴のアルコールもなく、雑煮もお節もいただかず、
年に一度の贅沢品、アワビや伊勢エビからそば一本までも、まったく口に出来ないほどの、
人生第1位の絶不調で、七転八倒の年越しを経験してしまったのでありました。
原因は、《親知らず》への刺激による歯痛。
始まりは12月29日で、すでに歯医者はお休みです・・そしてピークは大晦日と元旦でした。
もうね。
新年がいつ明けたかも知らないほどで、
まあ、みなさんがカウントダウンを賑々しくエンジョイしている頃、
私は、迫り来る奥歯の痛みとひたすら格闘。
寝返りを打ちながら、ズキンズキンと脈拍に合わせて打つカウントに、すっかり《ダウン》していたわけですな。
しかしほんっと・・・痛かったぁ。
しかも、痛みも酷いんだけど、顔の腫れがこれまた凄まじかったのです。
右半分がみるみるうちにぱんぱんなの。
大晦日になんとか探して訪れた休日診療センターでは、
医者からスタッフから患者さんから、
目があったすべての人が、ぎょっとして口に手を当て凍りつくか、
あるいは小さな「ひぇっ」を何度も発していましたからね。

まあ、実家に集まる親戚の者たちに言わせれば、
ほうれい線や小じわがすっかり消えた私の右半分の顔は、
なんでも、中2〜3年くらいの《若い》私に再会できて「わぁ懐かしい!!」とのことで、
こちらが苦しんでいるのに、写メを撮ったり人の顔左半分を隠したりしながら
やたらウケてましたけどね。

いえね。
見世もんじゃないぞ・・とふてくされながらも、
実は、マックスに腫れた自分の顔をこっそり鏡に映してみたりしたのです。
中2の懐かしい自分以外にも、うーん、パーカーのフードを被ったこの感じは
誰かに似ているなぁ・・
と、ぼんやり眺めていたら・・・わかりました。
私の腫れた顔が似ていたのは、
ロシアの民芸品マトリョーシカさん!!

「か、かわいいぢゃん」・・・
痛みと熱で気が遠くなる中、口角さえ上げられない口元で、
思わず自分をかわいい、と呟いてしまった撹乱状態だったわけですね。

まあ、そんなこんなで苦しい年末年始でしたが、
(それでもやっぱり這いずってでも現場で観たい)毎年恒例の箱根駅伝の沿道応援は、
今年は大きなマスクで顔を隠し、近所の人や幼馴染に突っ込まれないよう、
用が済んだらそそくさと退散した、という、
年明けから挙動の怪しかった2016年のマトリョーシカ浅野です。
みなさま、今週もお仕事お疲れさまでした。
改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

すでに10年くらい風邪もひかず、お腹も壊さず。
とにかく丈夫な浅野・・が売りなのですが、よりによって年越しに体調不良なんて・・・
まぁその経緯はざっとこんな感じです。

28日。チャンネル桜の今年最後の仕事を終え、まっすぐ帰宅して午後は大掃除。
《断捨離》モードの名残もあり、まずは楽しく掃除をしたかったので、
敢えてテレビもラジオもオフにし、落語や音楽のCDを流していたのです。
そして、だいぶ床の面積が拡大して、すっきりピカピカでゴキゲン度も増してきた頃、
スマホをチェックしたら、数名からの「日韓合意、何なのよ」のメールあり。

何のことかわからぬまま、
ネットのニュースを見たら大変なことが起きていたわけです。

「従軍慰安婦」における「軍の関与」という、
死んでも同調してはならない歴史の歪曲を、何故かここに来て、安倍総理が
しれっと認めてしまった、という悪夢のような現実。
腹が立ったり頭に来るより先に、こればかりは何よりもガクっと腰に来ましたね。
(さらに、追い打ちをかけるような、昭恵夫人のこのタイミングでの
靖国参拝という、シュールな行動も意味不明です。)

で、その流れで、知人と電話で話したり、情報を探したりしているうちに、気づいたら、
たまたまテーブルの上にあった、正月用の「スルメ」を、私はキーキーと齧り始めていた
わけなんですよ。たぶんこれが運の尽き。

ほろ酔いになるにつれ、
「日本なめんなよ」「総理は腹を切れ!」
なんてさんざん悪態をついていたところ、エンペラからゲソまでぜーんぶ齧ってしまったのです。
しかも、これって、フツーのスルメでなく、雑煮のダシにするやつなのね。
つまり固いの。すごく固いの。

そして寝る前の歯磨きの時点ですでに嫌な予感があり、
朝起きたら上下の奥歯がしくしく痛い。
放っておいたらさらに痛い。
薬を飲んでもそこそこ痛い。

歯医者さんとは仲良くしているので、虫歯はないはず。
なのにこの痛み・・・病院も休みの年末年始、ああ・・
私は二年越しでこの調子なのか・・と、ずーんと不安になりました。

こうして私の悶絶年越し物語は、
明確に、日韓合意とスルメから始まった、というわけです。

そんなこんなで、
5〜6日経過後、とりあえずは元のフェイスラインに戻りましたが、
「ん。まだ腫れてる?」と言われることもあります。いやいや、これは元々の二重アゴなのね。

さて、いつもの病院で歯科診療を受けたところ、
奥歯に接触している状態の親知らずは、とうとう来月初めに抜くことになりましたよ。

ってことは・・・
再度腫れるのは必至。またあのマトリョーシカに会えるかも。
もしもあまりに可愛かったら、ぜひここで写真をアップいたしましょう。

そういえば、マトリョーシカって、誰もが知るロシアの名産人形ですが、
ルーツは日本のものだってご存知でしたか?
これは神奈川県箱根町出身の友達からかつて自慢げに聞いた話ですが、
なんでも、昔、ロシア人が持ち帰った箱根の入れ子人形が、現地でアレンジされて
あのスタイルになったとのこと。

改めてWikipediaを読んでみたら、
起源には諸説あるそうですが、どうやら箱根ルーツの信憑性は高そうですね。持ち帰ったのは
七福神の入れ子らしいけど、あの、姫だるまやこけしに似ているフォルムは、
日本人にはただでさえ親しみが湧くマトリョーシカさん。
開けても開けても小さな人形が出てくるスタイルは、本来は子孫繁栄の意味もあるそう。
でも、アーティストや俳優などの著名人や世界の政治家を描いたものをやたらよく見ますよね。
そういえば、私もエリツィンのマトリョーシカをどこかで見たことある
・・極悪顔のすっごいブサイクなやつ。

マトリョーシカは蓋を開けて剥いでも剥いでも中から同じ顔の人形が現れますが、
どうやら我が国の政治家は、皮を剥いだら中身はまったく違う顔を持っていたということになりますか。
現在我々が見ているのはいくつ蓋を開けた顔なのでしょうね。

というわけで、まだまだウォッカみたいな強いお酒を煽りたい気分ですが、
しばらくは親知らずを刺激してはいけない身なので、
たまにはお紅茶にいちごのジャムを入れて今日はロシアンティなど楽しんでみようと思います。

あとは、私も外側から二皮めくらいまで体脂肪を脱ぎ捨て、
少し身軽になってハーフマラソンに出るのが目標。
さらに、今年こそは、バンジージャンプとバック転教室にも挑戦したい(ヤケクソになっているわけではなく)、相変わらず、脳内イメージだけは健康志向の一年となりそうです。

ではではみなさま、お元気によい週末を!!

—メルマガ発行者よりおすすめ

●●爆買いが増える一方で、中国国内はいま、、、
https://youtu.be/YkvY94zM_yc?t=4m16s

【上島嘉郎】慰安婦20万人の虚構

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

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検証!! 公共投資のやりすぎで財政赤字が拡大したのか??
https://www.youtube.com/watch?v=yGNv1Z3LZl0

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前回のメルマガで、慰安婦問題をめぐる日韓合意について書きました。2週間以上が経過しましたが、ソウルの在韓日本大使館前の慰安婦像は撤去されていません。

『韓国には言うべきことを言おう』(仮題/ワニブックスPLUS新書)という本を2月に刊行予定と前回書きましたが、その資料調べて千田夏光の『従軍慰安婦』に改めて目を通しました。同書は昭和48(1973)年に双葉社から刊行され、昭和59(1984)年、講談社文庫に収められました。

その文庫版のまえがきで、千田氏は支那事変、大東亜戦争を日本の侵略戦争と断じたうえで、こう書いています。

侵略戦争に従軍させられた将兵は道義心、倫理観を喪失し、〈道義心と倫理観の喪失したとき略奪行為は戦場の必然〉となる。

〈戦場における兵隊はなんでもかんでも殺さねばならなかった。(略)侵略軍にたいしては女子供も撃ってくる、撃ってこないまでも後方にいる味方に通報するから、これも殺害の対象になった。(略)三日この戦場体験をしたら半狂人である〉

〈南京攻略戦で半狂人と化した従軍将兵をしずめるための“鎮静剤”として軍が案出したのが本稿のテーマである前代未聞の“従軍慰安婦”だった…。(略)〉

千田氏は戦前の日本は侵略戦争をし、侵略戦争であるがゆえに従軍した将兵は道義心、倫理観を喪失して「半狂人」となり、それをしずめるために従軍慰安婦が必要になった、と述べるのですね。

しかし、これは事実として証明されていません。千田氏が頭に描いた構図です。読み進めていくうちに感じるのですが、千田氏は人間を「半狂人」とか「悪代官に責められる庄屋」とかの表現に括って、人間性の複雑さというものを顧慮しない。自分が考え出した鋳型に、自分が拾った証言や事実(かどうか不明な記述が多々)を嵌め込んで見せているのです。

現在韓国国内では、日本大使館前をふくめ京畿道高陽市、慶尚南道巨済市など7カ所に、韓国系市民団体のはたらきかけで全米6カ所に「慰安婦碑」や「慰安婦像」が建てられています。
それらに刻まれた碑文にほぼ共通するのが「性奴隷」という表現と、「20万人が強制的に連れ去られた」という記述です。

「日本の軍・官憲によって朝鮮の若い女性が20万人も強制的に連行されて慰安婦にされた」という虚偽を世界に広げたのは、千田夏光、吉田清治と、この2人の著作や証言を積極的に取り上げて権威づけした朝日新聞――という批判も、事の経緯を単純化した物言いではありますが、国連のクマラスワミ報告やマクドガル報告、米下院の対日非難決議などにこれらが根拠として採用された経緯をたどってみると、その因果関係に合理的な説明が可能です。

もちろん、ここにわが国政府の摩擦回避のための事実棚上げの禍根(河野談話など)や、人権派弁護士のイデオロギーに傾斜した反日活動などを重ね合わせてみることが必要ですが。

さて、千田氏の『従軍慰安婦』の内容に戻ると、慰安婦の数についてこんな記述があります。

〈冷厳なる数字としてこんにち示し得るのは、元ソウル新聞編集局副局長で現在は文教部(文部省)スポークスマンを務めておられる、鄭達善氏が見せてくれた一片のソウル新聞の切り抜きだけである。そこには一九四三年から四五年まで、挺身隊の名のもと若い朝鮮婦人約二十万人が動員され、うち“五万人ないし七万人”が慰安婦にされたというのである。〉

挺身隊と慰安婦の混同については、日韓両国ともに誤認であることの理解が多少深まってきたと思いますが、世界に拡散した「慰安婦20万人」という数字の出処はこのあたりのようです。

日本統治時代の朝鮮半島の人口は、それまで一千万足らずだったのが約2500万人に増えています。総人口2500万として、その内の20万ということは、老若男女合わせて125人に1人を慰安婦にしたことになります(約半分は男性ですから、全女性の約60人に1人が慰安婦とは!?)

「そのために日本軍は12歳の少女まで慰安婦にした」と韓国はいうのですが……そんなことが現実に可能でしょうか。

これは今日の人権問題でありません。問題の本質は、日本が併合時代の朝鮮半島で、国家として計画的に軍・官憲を動員して大勢の若い女性を無理やり慰安婦にし、戦地の慰安所に送り込んだかどうかです。

日本では昭和33(1958)年に売春防止法が施行されるまで公娼制度がありました。事実としては、売春が合法だった時代の戦地に民間業者が経営する遊郭があり、そこで朝鮮人(当時は日本国民)慰安婦が働いて報酬を得ていたということです。
当時は日本も朝鮮半島も貧しかった。貧困が原因で若い女性が「身売り」することは珍しくありませんでした。そのことを今日の人権観に引きつけて非難しても筋違いというほかありません。

で、20万人という数字の虚構です。
実は、現代史家の秦郁彦氏によってこの数字が誇大であることは平成10(1998)年に指摘されているのです。

秦氏は、政府が集めた二百数十点に及ぶ公式文書を調べ直すとともに、それ以外の外務省資料や警察統計などにも当たったうえで、慰安婦の総数は1万数千人と結論づけました。
内訳も、大部分を占めるとされた朝鮮人女性は2割程度で、日本内地の女性の方が多く、秦教授はそれまで「慰安婦総数は6万~9万人で、7~8割は朝鮮人」と推計していた自説を訂正しました。

秦氏はほかにも、「戦地慰安所の生活条件は平時の遊郭と同じレベルだった」「慰安婦の95%以上が故郷に生還した」「軍を含む官憲の組織的な『強制連行』はなかった」「元慰安婦たちへの生活援護は、他の戦争犠牲者より手厚い」などの事実が調査で確認されたと発表しました。

20年近くも前にこうした指摘がなされていたのに、なぜマスメディアにも政治にもこの数字は顧みられなかったのか。
この発表を大きく報じたのは産経新聞くらいで、発行部数は朝日新聞の約4分の1という情報量の圧倒的な差もあったのかも知れませんが、それ以上に、慰安婦問題について、謝罪や補償のあり方などをめぐる政治的議論ばかりが先行し、事実の究明がなおざりにされてきたということではないかと思います。

当時雑誌『正論』の編集者だった私は、大部数の新聞や地上波のテレビが、こうした問題をいかに先入観や固定観念(東京裁判史観)でとらえているか、いかにそこから踏み出さないかを歯がゆく思いながらそれに抗う雑誌づくりに励みましたが、こんにち海外の慰安婦像のニュースを見るたびに、気分は「日暮れて道遠し」です。

それでも「諦めない限り敗北はない」と信じて匍匐前進を…。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
『韓国には言うべきことを言おう』(仮題/ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

↓↓発行者より↓↓

検証!! 公共投資のやりすぎで財政赤字が拡大したのか??
https://www.youtube.com/watch?v=yGNv1Z3LZl0

【島倉原】デフレ脱却の道筋

From 島倉 原(しまくら はじめ)@評論家

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【解説】

「人口減少で日本経済は本当に衰退するのか?」

データに基づいて三橋貴明が解説
↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=IPXsFyPE7uM

富とはお金のことだと思っていませんか・・・?
https://www.youtube.com/watch?v=PnqVW9dgeMA

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おはようございます。
少々、というより大分遅くなりましたが、本年初めての寄稿ということで、まずは明けましておめでとうございます。

さて、日本の代表的な株価指数である日経平均株価もTOPIXも、年明け以降6営業日連続で下落しました。
日本経済新聞によれば、年明けから5営業日以上連続で下落したのは戦後初めてだそうです。
http://www.nikkei.com/article/DGKKASDE09H0E_Z00C16A1PE8000/

ということは、リーマン・ショックを超える金融危機が到来中?
「ゆえに、消費税増税は取りやめ」ということになれば、文字通りの快挙(?)と言って良いでしょう(笑)。

それにつけても、岩田日銀副総裁の強気発言は株式市場にとって不吉なシグナル、と述べた大晦日の寄稿は、我ながら絶妙の(?)タイミングとなりました(少なくとも短期的には)。
もちろん、こうした事態を予測していたわけではなく、シグナル論にしても単なるジョークに過ぎません。
とはいえ、せっかくそこまで述べたのだから…ということで、株式市場の今後を展望すべく、市場の需給データに基づく「真面目な」分析も行ってみました。
それが株式市場初日の前日に発表したこちらの論稿、タイトルは『岩田日銀副総裁の不吉なジンクス?』です。
果たして分析の結果やいかに…ご興味のある方は、是非ご覧になってみて下さい。
http://foomii.com/00092/2016010300000030663

さて、上記の日経新聞記事にもありましたが、安倍首相の1月4日の年頭記者会見における「もはやデフレではない」が「デフレ脱却というところまで来ていない」という一軒矛盾する発言が、波紋を広げているようです。
上記の記事によれば、

『「デフレではない」と「デフレから脱却」は実は異なる。政府はかつてデフレ脱却について「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがない」と定義している。「戻る見込みがない」が両者の分かれ目だ。』
http://www.nikkei.com/article/DGKKASDE09H0E_Z00C16A1PE8000/

とのこと。つまり、「少なくとも現時点は物価が持続的に下落する状況ではないが、再びそうした状況に戻る可能性がないとまでは言い切れない」ということのようです。
なるほど、わかりやすいか、あるいは適切な表現かどうかは別として、一応それなりの理屈はあるようです。

では実際のところ、現時点の状況はどうなっているのでしょう。
昨年12月8日に発表された最新のGDP統計(1994年1-3月期~2015年7-9月期 2次速報値)を確認してみましょう。

消費税増税によるかさ上げ効果がなくなった2015年度以降、すなわち2015年4-6月期と同7-9月期の四半期GDPデフレーターの前年同期比は、それぞれプラス1.5%、プラス1.8%となっています。
これだけ見れば「もはやデフレではない」と言っても問題なさそうに思えます。

ところが、家計消費を中心とした「民間最終消費支出デフレーター」、そして企業の設備投資なども含めた「国内需要デフレーター」について同じように見てみると、前者はそれぞれマイナス0.1%、マイナス0.2%、後者もそれぞれ0%、0%となっています。
こちらの結果に基づけば、むしろ現時点もデフレ状況にあると考えるのが妥当でしょう。
https://twitter.com/sima9ra/status/686141242711801856
http://on.fb.me/1OjTomE

こうした乖離が生じるのは、GDPデフレーターは「大幅な円安による輸出デフレーターの上昇」「原油をはじめとした国際商品価格の下落による輸入デフレーターの下落(定義上、GDPデフレーターの上昇要因)」の2つの要因によって押し上げられているからです。
ところが、こうした外的要因によるGDPデフレーターの押上げは、世界経済の不安定化による低金利通貨への回帰が短期的な円高ドル安につながる可能性や(FRBの利上げが始まっている一方で日銀の異次元金融緩和が続いていること自体は円安ドル高要因ですが)、国際商品価格が既に相当下落していることを考えれば、今後はさほど望めない可能性があります。
そうした影響がさらに国内経済にも及べば、「デフレの顕在化」すなわちGDPデフレーターのマイナス転落という形で、三者の乖離が縮小することにもなりかねません。

ここ最近のグローバル化に関する議論でも述べてきたように、経済運営の成否は基本的に国内経済の状況に基づいて判断されるべきであり、その意味では「もはやデフレではない」という状況ではありません。
ましてや、1月8日の衆院予算委員会の首相発言とは裏腹に、「デフレ脱却に向けて着実に進みつつある」とは到底言えないでしょう。
下記拙著のタイトルが示す通り、あるいは以前『アベノミクスの失敗』という下記拙稿でも述べたとおり、積極財政を伴わないアベノミクスは、そもそもデフレ脱却の処方箋たりえていないのです。
http://amzn.to/1HF6UyO
http://keiseisaimin4096.blog.fc2.com/blog-entry-108.html

ということで本年も引き続き、積極財政をはじめとした適切な経済政策のアピールにつながるような寄稿を続けていきたいと思います。
本年もご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

〈島倉原からのお知らせ〉
(1)本年も積極財政の重要性をしつこくアピールすべく、

「日本経済の停滞は、金融緩和の不足ではなく緊縮財政と共に始まっている」
https://twitter.com/sima9ra/status/669165227120824320
http://on.fb.me/1LxuFJ6
「経済成長率が高い国ほど、財政支出を積極的に拡大している」
https://twitter.com/sima9ra/status/669166143022612480
http://on.fb.me/1Nbx4P9

ことを端的に示したこれらのグラフの共有、拡散にご協力いただければ幸いです。

(2)サウジアラビアとイランの断交、北朝鮮の水爆実験報道など、国際情勢はますます不安定化しています。
これらの背後にある構造について、経済の長期サイクルに加えて比較文明論の観点も交え、『国際情勢の比較文明論的考察』というタイトルで考察してみました。
http://foomii.com/00092/2016011001213730796
前回ご紹介した『グローバリズムの非合理性』と併せ、ご参考まで。
http://keiseisaimin4096.blog.fc2.com/blog-entry-133.html

↓↓発行者より↓↓

【解説】

「人口減少で日本経済は本当に衰退するのか?」

データに基づいて三橋貴明が解説
↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=IPXsFyPE7uM

富とはお金のことだと思っていませんか・・・?
https://www.youtube.com/watch?v=PnqVW9dgeMA

【佐藤健志】フォースか、理力か、原力か

From 佐藤健志

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【無料】対談映像

『世界ランク1〜3位独占!次世代スパコンから見る経済』
https://youtu.be/Dv3ZblXhAdk

【YouTube】
三橋貴明が自らの目で確かめた中国”鬼城”の実態とは?
https://youtu.be/YkvY94zM_yc?t=4m16s

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遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
退院してそろそろ一ヶ月になりますが、おかげさまで結構、歩き回れるようになりました。
新たな本の刊行も、いくつか決まっています。
本年もよろしくお願いいたします。

さて。

この正月、大きな話題を呼んだ映画と言えば、やはり「スター・ウォーズ フォースの覚醒」でしょう。
同シリーズの10年ぶりの新作で、通算7作目。

「フォースの覚醒」は、シリーズの生みの親であるジョージ・ルーカスの手を離れて製作された、最初の「スター・ウォーズ」映画にもあたります。
新たな製作元となったディズニーは、ルーカスの提示した構想を却下、独自の方針を取ったと言われており、そのためルーカス本人は映画の仕上がりに不満を抱いているふしもあるのですが、興行的には文句なしの大ヒットとなりました。

しかるに。
みなさん、「フォースの覚醒」の中国語題をご存じでしょうか?
こうなります。

「星球大戦 原力覚醒」。
中国版ポスターのURLも付記しておきましょう。
http://getnews.jp/archives/1295478

「星球大戦」は「スター・ウォーズ」の中国語訳として、シリーズが誕生した1970年代後半から使われていたものながら(※)、注目したいのは「フォース」が「原力」となっている点。
(※)ただしこのころ、中国語圏での「スター・ウォーズ」公開は、返還前だった香港など、一部地域に限定されていました。文化大革命が終わったばかりの中国政府は、同作品の輸入を禁じていたのです。

フォース(正確には「ザ・フォース」)とは、「スター・ウォーズ」の世界で大きな役割を果たす、一種の超能力のことですが、じつは日本でも、かつてこれが「原力」と訳されたことがあります。

証拠物件こちら。
1978年にバンダイ出版事業部が刊行した「スター・ウォーズ 特撮の秘密〜ジョージ・ルーカスの世界」。
アメリカで前年に刊行された「THE STAR WARS ALBUM」という本の日本語版です。

同書の翻訳を担当した小野耕世さんは、「ザ・フォース」を「原力」としました。
たとえば、こんなふうにです。

きみのお父さんはね、やはりジェダイの騎士のひとりだったダース・ヴェイダーに裏切られ、殺されてしまったのだよ──ベン・ケノービはそう答え、誰でもが根源的に持っていながら、うまく使いこなすことのできないエネルギーの場、〈原力〉を、自由に操れるようになれと、若者を励ますのだった。
(38ページ。表記を一部変更、以下同じ)

文中の「若者」とは、1作目から3作目までの主人公ルーク・スカイウォーカーのこと。
原文では〈原力〉に、「ザ・フォース」とルビが振られていました。

小野耕世さん、本のあとがきで、この訳語を使った理由について以下のように説明しています。

生物が本来的に持っている力、という意味を考え、また原語の響きの持つ単純な強さを考えて〈原力〉とした。
(83ページ)

「ザ・フォース」の訳語は、〈原力〉だけではありません。
1978年夏、「スター・ウォーズ」(1作目)が日本公開された際の字幕では「理力」となっていました。
その半年ぐらい前に刊行された同作品の小説版では、「力場」という表現が使われていたのです。
変わったところでは、「霊力」と訳されたこともありましたね。

1980年代以後は「フォース」とカタカナで書くのが主流になってきますが、「理力」は字幕に使われたこともあって、かなり後まで生き残ります。
たとえば1991年、シリーズ2作目にあたる「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」のサントラ盤がCDで再発売されたものの、「YODA AND THE FORCE」という曲は、「ヨーダと理力」と訳されていました。

しかるに考えてみたいのは、日本人が「スター・ウォーズ」の世界を深く楽しむうえで、果たして「フォース」というカタカナ表記が最適かどうか。

なるほど、言葉の響きは原語と同じです。
ついでに「フォース」は、「スター・ウォーズ」の「ウォーズ」と字面が似ているので、作品の本質に関わる概念だということを視覚的に暗示する効果があるかも知れない。
アルファベット表記だと FORCE と WARS となり、まるで似ていませんので、この類似性は日本語独自のものです。

しかし「フォース」からは、THE FORCE が英語として持つニュアンスの広がりがこぼれ落ちてしまっている。

英和辞典で FORCE を引くと、「力」という基本的な語義のあと、「腕力、暴力」「武力、戦力」「影響力、貫禄」「精神力、気力」「(言葉などの)真意、もっともな道理、理由」など、いろいろな訳語が出てきます。
「スター・ウォーズ」における THE FORCE の概念は、こういった FORCE の意味合いをすべて踏まえたもの。

THE FORCE は、いわゆる「念動力」(精神の力で物を動かすこと)のように描かれる場合が多いものの、相手の心理を操る「気迫」「カリスマ」のごとく描かれることもあり、さらに「道理」と深い関係を持っています。
つまり善用すれば良い結果をもたらす一方、悪用すると「ダークサイド」と呼ばれる怒りと憎しみの世界への入り口となり、周囲には破壊を、本人には破滅をもたらすんですね。
ちなみに「ダークサイド」も、かつては「暗黒面」と訳されていました。

こう考えると、「原力」や「理力」といった訳語のほうが良かったのではと思えてくる。
とくに捨てがたいのが「理力」。

この訳語、「理(ことわり)の力」と読めるからです。
「ことわり」は道理のこと。
つまり「理力」には、〈正しい道理に基づいて使うべき力〉という THE FORCE 本来の意味合いが、ちゃんと反映されている。

それどころか「理」には、「普遍的な絶対・平等の真理・理法」という意味まであります。
ならば「理力」は、〈宇宙の普遍的な真理に基づいた力〉というニュアンスも持つことになりますが、これも THE FORCE をめぐる設定と合致する。

「THE DARK SIDE OF THE FORCE」というフレーズを訳すとき、「フォースのダークサイド」としたらオリジナルに忠実で、「理力の暗黒面」としたら意訳だとは言えません。
むしろ後者のほうが、オリジナルが英語として持っている語感を、日本語として的確に表現しているのです。

え?
「理力の暗黒面」は漢字が多くて、若い世代には取っつきにくい?
遺憾ながら、それは日本語能力の衰退にほかなりません。

英語化推進の暗黒面・・・いやダークサイドというやつですね。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)フォース同様、保守や愛国にも「暗黒面」が存在します。正しい方向への覚醒にはこちらをどうぞ。

「愛国のパラドックス 『右か左か』の時代は終わった」(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

2)英語化推進に限らず、近年の日本には「物事はすべてアメリカ式にするのが正しい」という発想が見られます。その根底にあるものについてはこちらを。

「僕たちは戦後史を知らない 日本の『敗戦』は4回繰り返された」(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

3)日本の近代化そのものにひそむ「暗黒面」についてはこちらを。
「夢見られた近代」(NTT出版)
http://amzn.to/18IWkvl(紙版)
http://amzn.to/1JPMLrY(電子版)

4)エドマンド・バークの文章が英語として持っている語感を、日本語として的確に再現することを心がけました。従来の日本語訳より読みやすくなっているとすれば、じつはそのためです。

「〈新訳〉フランス革命の省察 『保守主義の父』かく語りき」(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
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5)同じく、トマス・ペインの文章が1776年当時のアメリカ人読者に与えたであろうインパクトを、現在の日本語で再現することをめざしました。この本が日本で全訳されたのも、これが初めてとなります。

「コモン・センス完全版 アメリカを生んだ『過激な聖書』」(PHP研究所)
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6)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
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【藤井聡】「合理的インフラ形成」を通した「GDP600兆円実現」のための新しい会計制度を

FROM 藤井聡@京都大学大学院教授&内閣官房参与

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【解説】

「人口減少で日本経済は本当に衰退するのか?」

データに基づいて三橋貴明が解説
↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=IPXsFyPE7uM

富とはお金のことだと思っていませんか・・・?
https://www.youtube.com/watch?v=PnqVW9dgeMA

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インフラというものは、長期的な視点から長い年月をかけて、少しずつ作り上げていくものです。行き当たりばったりの単年度判断が許されるものではありません。

例えば全国の道路網や新幹線網は、数十年後にどのような「ネットワーク」が出来上がるのかを見据えた上で、毎年少しずつ進めていくことが必要です。そうでなければ、合理的なインフラ形成は不可能です。

ところが、

  予算の「単年度主義」

がある限り、長期的な視点に基づいたインフラ整備は困難なものとなってしまいます。

ましてや今、政府は「プライマリーバランス」(PB)を基準に、あらゆる支出を厳しく絞り込もうとしており、これが、「将来のインフラネットワーク」の形成を大きく妨げる要因となっています。

しかし、そもそもインフラ整備のための財政支出は、単なる「所得移転」「消費」とは全く異なるものです。

なぜなら、インフラ整備に支出すれば、「資産」がストックとして残るからです。そしてその資産が、産業を支え、、経済を支えるのです。

だからインフラについては、毎年毎年の状況に左右されるような通常の予算とは異なる形で財源を調達し、淡々と整備していくことが必要なのです。

それはちょうど、家を建てる一般家庭が「住宅ローン」と、「日々の食事や旅行のための借金」とを全く別物として取り扱っているのと同じです。あるいは企業が、工場をつくる投資のために銀行からお金を借りることはあっても、社員に毎月支払う給料のための借金を重ねるようなことはしない、というような話と同様です。

つまり「投資」のため借金は、食事や旅行と全く異なり、資産が残り、その資産が将来の利益や経済効果、そしてそれを通した「税収増」をもたらすため、その他の項目よりもより「許容」されるのが一般的なのです。というよりもむしろ、その国の発展、経済の成長のために、時に「積極的に推奨」されるものでもあります。

それはちょうど、経済発展のためには「企業の民間投資」が推奨されていることと同様です。

そもそも「企業の民間投資」のは多くは、銀行からの融資を受けて行われます。つまり「借金」をして投資をするわけです。ですから、しばしば成長戦略やアベノミクス等で「企業の民間投資を推奨する」と言われていますが、それは要するに「民間の借金を推奨する!」と言っているに等しいわけです(無論、今日では内部留保金の寒流を促すという側面もありますが)。

こうした考えから、

「投資」のための借金のための、「建設国債」と
それ以外の「赤字国債」「特例国債」

とが、歴史的に、明確に区別されてきたのです。

そして、建設国債は国会決議無しで政府は発行できる一方で、赤字国債については歯止めをかけるために、国会決議が必ず必要であるということに法的に定められているのです。

しかも、毎年毎年の事情に振り回されず、インフラを長期的な視点で形成していくために、かつてはそのための「財布」も明確に区別されていました。

政府の基本的な財布は「一般会計」と呼ばれるものですが、それとは別の財布として「特別会計」(略して特会)がインフラ関係には作られていたのです。

「一般会計」には「プライマリーバランス」の制約がかけられ、毎年の事情に合わせて規制がかけられることもしばしばです。ですが「特別会計」はまさに特別につくられた「別の財布」ですから、PB規制の範囲外となり、短期的な事情ではなく「長期的な視野」に基づいて運営していく事が可能となります。

例えば、今日でも、東日本大震災の復興に関しては長期的視野から対応していく事の必要性を鑑み、特別会計が作られています。インフラについても、空港整備については、一般財源からは切り離された運用がなされています。

ただし、かつては、道路や河川等、事業ごとに特別会計が作られていました。その後(平成20年)それらは全て「社会資本整備」のための一つの特別会計にまとめられたのですが、その社会資本整備の特別会計も、平成25年に「廃止」となり(一部を除く)全てが、「一般会計」に繰り入れられることとなりました。

その時から、インフラ整備は全て、PBの影響を直接受けることとなりました(ただし
かつても、特別会計の資金の多くを一般会計から繰り入れる格好となっていましたか
ら、間接的に影響を受けていたのは事実なのですが、それでも、そうしないことも
「可能」な制度でした)。

もしも、消費税増税ショックも無く、中国危機やユーロ危機などの世界恐慌リスクも無い状況なら、そしてそれと同時にPB規制を基軸とした緊縮の思想が基本路線でなかったのならば、それはそれで大きな問題は無かったとも言えるのかもしれません。

しかし、今や消費税増税のショックを引き摺った状態で世界恐慌の大波をかぶろうとする状況に至っています。しかもそんな中で、毎年の名目成長率3~4%を確保して2020年には600兆円をたたきだす事を政府目標に掲げています。

平成25年に特別会計を廃止した時点と、状況は大きく変わってしまったのです。

こんな状況では、経済に対して「フロー効果」(現下では、財出によってデフレギャップが埋まり、経済成長が実現していくという効果)と「ストック効果」(できあがったインフラが供給力と需要の双方を刺激し、経済成長が促されるという効果)の双方を通して強烈な経済効果を持つインフラ投資を、短期的な消費支出と一緒くたにした一般会計で管理し、PBの視点から抑制し続けていれば、600兆円の政府目標の達成も覚束なくなってしまいます。

こうした状況を打開するには、これまでの特別会計に関する経緯を踏まえながら、今日の危機的な状況を踏まえた新しい会計制度を、インフラ形成に関して考えていくことが何よりも大切です。

例えば現在も運用されている空港や復興のための特別会計も含め、「公的資本形成」の視点から特別な会計制度の必要性を改めて見直し、長期的に合理的なインフラ形成のための新たな制度を検討していくという方法が考えられます。

あるいは、ブレア政権が導入していた「ゴールデンルール」と呼ばれたアプローチでは、建設国債をPBの算定の際から除外するといった方法が採用されていましたし、そういう可能性を探る方法も考えられます。

もしこうした特別会計ができれば、少なくとも次の二つの重大な国益に叶うメリットを得ることができます。

第一に、特別会計は上述のようにPB規制の対象外となるため、長期的な視野に基づいたインフラ形成が可能となります。繰り返しますが、インフラが形成されれば、長期的には成長を促し、税収増をもたらし、財政再建を促すものです。

ただし、その効果が現出するには、5年、10年、20年という時間を要しますから、単年度主義のPBの発想では、そうした長期的な財政再建効果は勘案できないのです。だから、インフラ形成に対しては、PBとは異なる基準で(例えば、経済、財政を見据えたストック効果分析)、事業の評価を行わなければならないのです。

第二に、今、日銀による強力な金融緩和で、国債市場で国債が足りない、という現象になっています。この状況への対応の一つとして政府は国債の前倒し発行(前倒し債)を前年度より16兆円も増やし、16年度は48兆円に引き上げる見通しとなっています。これで国債をより豊富に市場供給できる格好となっているのですが、それは一般会計内部であるため、政府目標のPBを悪化させることとなっています。

しかし、(ワイズスペンディングの理念に基づいたきちんとした事業評価を前提としつつ)柔軟な発想で国債を発行すれば、PBを悪化させずに市場に国債供給が可能となるのです。

今、安倍内閣は、消費税増税による経済ショックと世界恐慌リスクの直撃に晒されながら、GDP600兆円を実現し、成長と財政再建の両者の達成を目指そうとしています。

この難事業を達成するには、今の会計制度では到底不可能なのではないか――筆者は、心の底からそう懸念しています。

特別会計を大きく変更した平成25年から、状況は完全に変わっています。今こそ、これまでの議論を丁寧に踏襲しつつも、激変する世界状況に対応し、GDP600兆円を実現するためにも、新しい制度の議論を始めなければならないのではないかと考えます。

本稿がその契機となることを、心から祈念したいと思います。

PS「合理的なインフラ形成」にご関心の方は是非、下記ご一読ください。
http://www.amazon.co.jp/dp/4569826342

—発行者より

【解説】

「人口減少で日本経済は本当に衰退するのか?」

データに基づいて三橋貴明が解説
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富とはお金のことだと思っていませんか・・・?
https://www.youtube.com/watch?v=PnqVW9dgeMA

【三橋貴明】これは詭弁なのか?経済学の3つの「仮説」

FROM 三橋貴明 http://keieikagakupub.com/38news/

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『世界ランク1〜3位独占!次世代スパコンから見る経済』
https://youtu.be/Dv3ZblXhAdk

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【今週のNewsピックアップ】
トリクルダウンはあり得ない
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12114347599.html
続 トリクルダウンはあり得ない
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12114721167.html

経済関連の「詭弁」の一つに、仮説を「原則」であるかのごとく扱い、結論を断定するという手法があります。例を挙げますと、
「クラウディングアウトが起きるから、国債発行はダメ」
「マンデル・フレミング・モデルにより、変動相場制の国では財政政策が無効」
「トリクルダウン理論により、富裕層・法人減税は正しい」
などになります。

クラウディングアウトとは、政府の国債発行が「金利上昇」を招き、企業の投資が減少するため、経済成長が阻害される。というロジックなのですが、現実の日本(欧州でも)ではデフレで民間の資金需要が不足し、政府の国債金利はむしろ「下がって」います。

マンデル・フレミング・モデルはクラウディングアウトの延長で、政府の国債発行・財政政策の拡大が「金利上昇」と「通貨高」をもたらし、輸出減により財政政策によるGDP拡大分が相殺される。よって、変動相場制の国において財政政策は無効。というロジックなのですが、長期金利0.23(!)%の国で、何言っているの? という感じでございます。

しかも、第二次安倍政権発足以降、「通貨安」が大幅に進んだにも関わらず、日本の実質輸出は増えていません。純輸出で見ても、原発を稼働しないため、外国からの原油・LNGの輸入が増え、マイナス(純輸入)が拡大していきました。

さらに言えば、日本銀行が国債を買い入れている以上、「国債発行=金利上昇」などという単純なモデルが成立するはずがないのです。MFモデルにしても、財政出動が金利上昇、円高をもたらすのがそんなに怖いなら、金融政策を併用すれば済む話です。

要するに、クラウディングアウトにせよ、MFモデルにせよ、
「絶対に財政出動の拡大はダメ。国債発行もダメ」
という「結論」がまずあり、その結論に導くための詭弁として持ち出されているに過ぎないのです。

とはいえ、この種の詭弁が政界を支配し、財政政策による需要創出が実現しないため、我が国はいつまでたってもデフレ状況から抜けられないでいます。

トリクルダウンも同じです。ブログのエントリーでも解説した通り、トリクルダウンとは「富裕層減税や法人税減税により、国内の投資が拡大し、国民が豊かになる」というロジックになっています。

減税分を「国内の投資に必ず使う」ように政府が強制できるならばともかく(できません)、資本の国境を越えた移動が実現したグローバリズムの時代に、トリクルダウンなど成立するはずがないのです。しかも、法人税を減税し、企業の現預金を増やしたところで、デフレで投資利益が見込めない以上、国内の設備投資が拡大するはずがありません。

上記の理屈は、「常識」に基づき考えてみれば、誰でも理解できるはずです。特に、損益計算書やバランスシートに触れる機会が多い経営者であれば、一発で分かるでしょう。
ところが、現実にはトリクルダウンが成立するという「前提」に基づき、法人税減税をはじめとする構造改革が推進されています。

それどころか、もはや政府はトリクルダウンという「言い訳」をする必要すら感じていないのかも知れません。

竹中氏が今回、トリクルダウンを否定しましたが、これは別に、
「トリクルダウンがあると嘘ついていました。ごめんなさいね」
とう話ではなく、
「トリクルダウンなど、あるわけがない。政府に甘えず、各人が努力せよ。負けたら、自己責任」
と、責任を「国民」に丸投げしたに過ぎません。

それにしても、中国が改革開放を推進した際、鄧小平は「人民」に対する言い訳として、トリクルダウン仮説の一種である先富論を持ち出しました。中国のような共産党独裁国であっても、勝ち組に優しい政策をする場合は、トリクルダウン仮説で「言い訳」をする必要があるのです。

ところが、日本ではもはやトリクルダウンという「言い訳」すらなされず、格差を拡大することが明らかな構造改革が推進されていっています。

この状況を「怖い」と思うのは、三橋だけでしょうか。

—発行者より

【無料】対談映像

『世界ランク1〜3位独占!次世代スパコンから見る経済』
https://youtu.be/Dv3ZblXhAdk

[三橋実況中継]毎日講演に行っています

FROM 三橋貴明 http://keieikagakupub.com/38news/

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2015年、世界はまさに激動の年となった。中東問題はフランス・パリでの同時多発テロやトルコ軍機によるロシア軍機撃墜にまで至った。また、南沙諸島では中国による人口島の埋め立てに対し、アメリカが自由航行権を主張すべく、米軍機を飛行させた。ウクライナ問題は解決の糸口さえ見えない。さらには、シリア情勢を受け、EU諸国へ大量の難民が流入している。

こうした世界情勢の中、各国経済はこぞって低調。なかでも、これまで世界経済牽引の一翼を担っていたように見えた中国経済が、著しく失速している。2016年の世界はどうなるのか。そして、日本にはどのような影響があるのか。

三橋貴明が2016年の世界と日本を語る、、、

『月刊三橋』最新号はこちら
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
※この音声を聞くには1/10(日)までにお申し込みください※

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1月7日から、またもや講演の日々が始まりました。今週は東京、福岡、仙台と、旅をしています。来週は、月曜日から日曜日まで、毎日、講演でございます。

三橋は講演「サービス」の生産において、東京に住みながら、九州・沖縄から北海道まで、日本全国を「市場」あるいは「商圏」としているわけでございます。新幹線や高速道路、空港といった交通インフラがなければ、弊社のビジネスの「成長」は抑制されてしまいます。

上記の三橋のケースは、二つ、重要なことを示唆しているのですが、お分かりになられたでしょうか?

ミクロ的にはビジネス(粗利益)の拡大、マクロ的にはGDPの成長とは、以下二つの条件が成立したときに実現するのです。

(1) 市場が存在すること=総需要が供給能力を上回るインフレギャップ状態であること
(2) 過去に生産性向上のための投資が行われたこと

生産性向上のための投資とは、何度も書きましたが「設備投資」「人材投資」「公共投資」「技術開発投資」の四投資になります。
特に、(2)において交通インフラの整備という「投資」は重要です。全国に「講演サービス」の市場が存在したとしても、えっちら、おっちら、歩いて三橋が講演に回るのでは、「成長」は抑制されてしまいます。

また、交通インフラの整備はそれ自体が「需要」になるため、公共投資等でインフラを整備すると、その時点で経済が「成長」します。その上、建設されたインフラの上で様々なビジネスが展開され、またもや「成長」をもたらします。

交通インフラの整備は、「整備自体が経済を成長させる」フロー効果、整備されたインフラの上で「ビジネスが展開され、経済が成長する」ストック効果と、一粒で二度美味しいのでございます。

しかも、二度目の美味しさ(ストック効果)は長期間、継続します。

上記を理解しても、公共投資や交通インフラの整備に反射的に拒否感を持つ人が少なくないことこそが、我が国の「成長」を抑制していると確信しているわけでございます。

◆SAPIO(サピオ) 2016年 02 月号に、「”内憂外患”の韓国経済はもはや打つ手なし 日本は反面教師として「内需拡大」に舵を切れ」が掲載されました。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00HQZTVAW/

◆ビジネス社「これからヤバイ世界経済-2016年を読み解く5つのポイント-」が刊行になりました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4828418571/

◆小学館「中国崩壊後の世界」が刊行になりました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4098252465/

◆週刊アサヒ芸能 連載「三橋貴明の列島丸わかり報告書」今週は年末進行につきお休みです。
http://www.asagei.com/

◆週刊実話 連載「三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』」今週は年末進行につきお休みです。
なお、週刊実話の連載は、以下で(二週遅れで)お読み頂くことが可能です。
http://wjn.jp/article/category/4/

◆Klug連載 三橋貴明の「経済ニュースにはもうだまされない」 第339回 日本の現場力と亡国のレトリック
http://www.gci-klug.jp/mitsuhashi/2016/01/05/025044.php

◆有料メルマガ 週刊三橋貴明 ~新世紀のビッグブラザーへ~ 週刊三橋貴明 Vol346 企業の現金預金
http://www.mag2.com/m/P0007991.html
企業は「現預金を減らす」と「黒字を出す」の両立が可能なのですが(当たり前の話として)、意外と知らない人が多いのです。

◆メディア出演

1月13日(水) 文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」に出演します。
http://www.joqr.co.jp/tera/

1月4日(月) チャンネル桜「新年キャスター討論・反日マスメディアの行方 !」 に出演しました。
【新春キャスター討論】反日マスメディアの行方 Part2[桜H28/1/4]
https://youtu.be/bOJmuzGTrS8

1月6日(水) チャンネル桜「桜プロジェクト」に出演しました。

【エネルギー危機】ペルシャ湾緊迫、反安保法制・反原発派の見解は?[桜H28/1/6] https://youtu.be/-A3o30nIKKQ
【TPP】恩恵はいつから?政府とマスコミの印象操作は最早詐欺行為[桜H28/1/6] https://youtu.be/hXelB6zggRM
【明るい経済教室】中国経済失速、爆食消滅後の世界経済はどうなる?[桜H28/1/6] https://youtu.be/DkyK7C_3t58
【三橋貴明】超技術革命で世界最強となる日本!首都高速シールドトンネル工事編[桜H28/1/6] https://youtu.be/RVYOi6eqKQg

◆三橋経済塾

三橋経済塾 2016年 第五期第一回講義は1月17日に開催となります。お申し込みは以下から。
http://members5.mitsuhashi-keizaijuku.jp/?p=1344

「事前学習用チャート GDP、経常収支、国富、資産・負債について」が掲載されますので、五期にご入塾頂いた方は事前にご視聴ください。
http://members5.mitsuhashi-keizaijuku.jp/?p=1358

◆チャンネルAJER 今週の更新はありません。

↓↓発行者より↓↓

2015年、世界はまさに激動の年となった。中東問題はフランス・パリでの同時多発テロやトルコ軍機によるロシア軍機撃墜にまで至った。また、南沙諸島では中国による人口島の埋め立てに対し、アメリカが自由航行権を主張すべく、米軍機を飛行させた。ウクライナ問題は解決の糸口さえ見えない。さらには、シリア情勢を受け、EU諸国へ大量の難民が流入している。

こうした世界情勢の中、各国経済はこぞって低調。なかでも、これまで世界経済牽引の一翼を担っていたように見えた中国経済が、著しく失速している。2016年の世界はどうなるのか。そして、日本にはどのような影響があるのか。

三橋貴明が2016年の世界と日本を語る、、、

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http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
※この音声を聞くには1/10(日)までにお申し込みください※

【青木泰樹】日銀の「言い訳」

From 青木泰樹@経済学者

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【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

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新年おめでとうございます。

近年、政治家にせよ、経済学者にせよ、自分の過去の発言(言説)に責任を持たない人が多くなりました。
これまでの主張に反する事実が突き付けられたとしても、意に介さない。
前言を糊塗(こと)するために言い訳に終始する人もいれば、突然、何の説明もなく前言を翻す人さえ見かけます。
彼等は自分の間違いを決して認めず、責任も取りません。
経済マスコミが本来なすべきチェックを怠っていることが、そうした不誠実な風潮を助長させているのでしょう。

そうした人たちが権力の中枢もしくは政策立案に多大な影響を及ぼす地位を占めているならば、一般国民はたまったものではありません。
独りよがりの彼等の理屈によって、国民生活は振り回されてしまうのです。
例えば、2014年4月の消費税増税の影響は軽微だと主張していた増税推進派の面々を思い出してください。
今年、彼等は2017年の再増税に向けて再び同じことを繰り返すことでしょう(ただし、本年の経済問題の中心と思われる消費税問題に関しては別の機会に論じます)。

本日は、日銀の金融政策に関する「言い訳」について考えたいと思います。

昨年は日銀による量的・質的緩和政策の理論的および技術的な限界が露呈した年となりました。
リフレ政策の開始より今年4月で丸三年が経過しますが、日銀の目標とする「2%の物価上昇」には遠く及びません。
日銀の目標としている物価は、生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)のことですが、現在、年間80兆円規模でベースマネーを増加させているにもかかわらず、コアCPIは0%近辺で推移しております(昨年8月~10月はマイナス0.1%でした)。
量的緩和を発動して以来、220兆円余りのベースマネーを増やした結果がこれです。

誰が見ても、「日銀が強力なコミットメントを発し、ベースマネーを増加し続ければ、インフレ期待は上昇し、需給ギャップは解消され、物価は上昇する」というリフレ派の理屈は、現実経済では成り立っておりません(リフレ派の詳しい経路に関しては、岩田規久男日銀副総裁の下記の講演資料、特に図表11を参考にしてください)。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/ko140910a.htm/

それが事実なのです。リフレ政策のこれまでの帰結なのです。

本来、黒田東彦日銀総裁は、リフレ派論理の何れの効果波及過程(トランスミッション・メカニズム)が機能していないのかを国民に誠実に説明する責任があります。
理論的に説明すべきなのです(いくつも穴があるので、無理でしょうけれど)。
しかし、彼はそれをせずに、言い訳に終始するのです。

昨年の4月以降、消費税率の3%上昇分による見かけの物価上昇がはげ落ちた頃より(物価は前年同月比で測りますから)、黒田総裁は、頻繁に「物価の基調」という言葉を使い始めました。
「コアCPIは原油安によって低迷しているが、原油安の影響を取り除いた物価の基調は着実に改善している」といった具合です。
つまり彼の言う物価の基調とは、エネルギー価格を除いた「コアコアCPI」のことでした。
「目標は、あくまでもコアCPI上昇であるが、物価の基調を見るのはコアコアCPIだ」と訳の分からないことを言い始めたわけです。
まさにご都合主義。

この言い訳を岩田副総裁の口から聞きたいものです。
なぜなら、彼は「個別的な(ミクロの)価格動向は、全体の(マクロの)物価水準に影響を及ぼさない」と主張していたからです(詳しくは前掲の講演資料参照)。
例えば、原油価格の下落は、他財の需要増をもたらす(価格を上昇させる)ため、全体の物価水準を下落させるものではないと。
そして、個別的価格の変動によって物価水準が変動すると捉える人を「足し算エコノミスト」と揶揄(やゆ)しておりました(それに関しては下記参照)。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/07/aoki-11/

岩田副総裁の根本的な誤りは、経済全体の総需要(財サービスを買うためのカネの量)を一定と考えていることです(かつ全ての市場の需給が一致している)。
その場合、ある財の価格下落によって余ったカネは必ず他財の購入に充てられることになり、他財の価格は上昇します。
すなわち個別的な価格動向は相殺されてしまうと考えているのです。
個別の価格動向が物価に無関係であるなら、物価は全体のカネの量によって決まるとする数量説的見解に行き着くわけです。

しかし、例えば100円のモノが70円に下がって安く買えた分、すなわち30円の余ったカネを将来にとっておく場合はどうなるでしょう(使わない場合です)。
また、余ったカネを他財の購入に使うにしても、その市場が超過供給状態にある場合はどうなるでしょう(価格が上がらない場合です)。
言うまでもなく、不確実性のある世界(現実)、デフレ不況下にある世界では岩田説は成立しないのです。

岩田説が成立するならば、CPIも、コアCPIも、コアコアCPIも一致しなければ理屈に合いません。
岩田副総裁は、この自己矛盾にどう折り合いをつけるのでしょうか。
おそらく頬かむりでしょう。
最近、彼は足し算エコノミストの話を持ち出すことを止めたようですから。
そもそも、「2年で2%の物価上昇が起こらなければ辞任する」と大見得を切って副総裁に就任した人です。
その期限は去年の4月でしたが、今なお居座り続けていますね。
コミットメントを重視するリフレ派の主唱者だけに、いとも簡単に前言を翻すとは、残念なことです。

物価低迷が続いている現状ですが、それでは実体経済の方はどうでしょう。
リフレ派の理屈通り、消費は増加し、実物投資も増加し、需給ギャップは解消される方向に進んでいるのでしょうか。
とんでもありません。実質賃金も、実質消費も、実物投資も低迷したままなのです。
2014年の実質成長率はマイナス1%でした。
2015年度に入っても第一四半期は前期比マイナス、第二四半期は改定値でかろうじてプラスになりましたが、2015年を通しても0%台前半がせいぜいでしょう。
黒田総裁は、消費税増税をしても金融緩和でカバーできると強弁していたのですから、自分の認識の誤り(その背後にある金融政策の限界)について率直に説明すべきでしょう。

ところが反省するどころか、3%台前半の失業率を完全雇用に対応するものとして、現在の景気状況は順調なのだと言い訳を続けます。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko151224a.htm/

黒田総裁の誤りは、非正規雇用が雇用者の4割を占めるに至っているという雇用環境の構造変化を考慮せず、従来と同じように失業率の水準だけを見て完全雇用か否かを判断しているところにあります。
中身(質的側面)を見ない。
失業率(完全失業率)の定義における就業者には、正規、非正規の区別はありません。

確かに主婦や高齢者のように非正規雇用を望む人たちがいる反面、給与格差の大きさから若年層から壮年層を含め正規雇用を望みつつ、非正規に甘んじている人たちも多いのです。
そうした「不本意非正規雇用者」、いわば非自発的雇用者は非正規雇用全体の2割程度を占めているのです。
20余りの様々な雇用統計の中身を注視すると言われるイエレンFRB議長ほどではないにせよ、黒田総裁も雇用統計の中身をよく見て雇用状況を判断すべきでしょう。
私見では、不本意非正規雇用者の解消(せめて8割程度)なくして完全雇用状態とは言えないと思います。

ただ黒田総裁は、表面上、強気を装っておりますが、焦りの色も垣間見られます。
景気は順調との認識を示しつつ、機会をとらえては企業経営者に対して、設備投資や賃上げに動くように促しているからです。
「今こそチャンス、金利の安いうちに設備投資を実施しなさい」、「将来、人手の確保で苦しむから今のうちに賃上げを」と触れ回っているのです(安倍総理も選挙対策としてやってますね)。

リフレ派の理屈からすると、将来2%のインフレになると予想した合理的な企業経営者が、実質金利の低下を受けて「自主的に」実物投資を増加させるはずなのですが。
現実(不確実性の世界)では、黒田総裁自身が、リフレ派の理屈通り行動しなさいと説得しなければならないわけです。
理論に合わせろと。
しかし、それでも経営者は将来の需要増を予想しなければ設備投資を増加させないでしょうね。

量的・質的緩和政策の技術的な限界も露わになってまいりました。
昨年12月18日に発表された日銀の補完措置の内容があまりに小粒で、唖然とされた方も多いのではないでしょうか。
株価も反応しませんでしたね。
質的緩和として、ETF(上場投資信託)の買い入れ額を年間3千億円増やす。
量的緩和として、国債の購入量はそのままに残存期間の長めのものを増やすと。
以前、指摘したように日銀の国債買い取りは限界ですから、質的緩和を微増させるのがやっとなのです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/09/12/aoki-18/

リフレ派の理屈は間違っているが、国債の買い取り策は財政問題の解決に資するので正しいというのが私の立場であり、今年もその啓蒙に努めようと思っております。
しかし、そうした国債買い取りのメリットを十分活用しない方向に財政運営がなされていることは残念です。

日銀保有の国債が増えれば(昨年末の時点で325兆円)、当然利息収入も増えますから剰余金も増えます(昨年3月末で1兆円余り)。
本来、日銀剰余金は国庫へ還流するのですが、それが日銀の資本増強や将来の金利上昇に備えた引当金の増額によって数千億円規模で減少してしまいました(財務省が認めたわけです)。
経済通念に縛られた出口戦略なるものに怯えた結果です。

また国債買い取りによる低金利状況を利用して、財務省は、国債の前倒し発行(前倒し債)を2016年度は48兆円に引き上げました(前年度より16兆円増)。
現在、日銀による国債の大量買い取りによって、民間保有の国債が純額で年間40兆円余り日銀に移し替えられていますから、国債市場が干上がることを懸念した措置でしょう。
財務省も民間へ国債を供給する必要性に気づいたところまでは進歩したようです。
しかし、供給手段および背後の論理が間違っています。

前倒し債で調達した資金は、特別会計にためておき、必要な時に使うというものです。
なぜ今使わないのでしょう。
財務省は、前倒し債の発行を増額するのではなく、建設国債の発行を増額し、国土強靭化事業を推進すべきなのです。
例えば、建設国債発行で得た資金のうち数兆円を鉄道各社へ無利子で貸し付ければ、リニア新幹線網が予定より格段に早く完成し、経済効果は計り知れないのです。
それが国家の安全保障にとっての王道といえる財政運営ではないでしょうか。

本年もよろしくお願いいたします。

—メルマガ発行者より

【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

【施 光恒】「筆まめの口達者」に言い負かされないために

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

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【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

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おっはようございまーす(^_^)/

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします<(_ _)>

先月19日の夕方に、<月刊三橋&三橋経済塾>シンポジウム&大忘年会という催しがありました。三橋さん、藤井聡先生、中野剛志さんという本メルマガにいずれも関係の深い方々が「グローバル株主資本主義の恐怖」というテーマで議論するという催しでした。シンポジウム終了後は、懇親会(忘年会)もありました。

そのシンポジウムでの藤井先生の一つのご発言が非常に印象的でした。それは、主張を伝え、広めるためには、当然ながら多弁さも必要であるということでした。

当然と言えば当然のことなのですが、「主張の正しさ」「正確さ」だけでは、なかなか広まらず、世の中に影響を与えるのには至らない場合が多いのですね。

例えば、デフレ脱却のためには公共事業など積極的な財政出動が必要だという見解や、国土強靭化の必要性など、藤井先生が常日頃、おっしゃっていることは、きちんとデータや理論で裏付けられる正しいものなわけですが、残念ながら、それだけではなかなか広まりません。

三橋さんもよく論じていらっしゃるように、多くの人がもっている通俗的な思い込み(「ドミナント・ストーリー」)を変えるのは心理的抵抗が強くなかなか難しいのです。人は、一度、信じ込んでしまい、そしてそれがマスコミや権威があると思われている学者などから毎日のように繰り返し発せられると、その思い込みが強化されてしまいますので。

主張の正しさはもちろん大切ですが、それだけでは、世の論調はなかなか変わらない。俗説に負けぬよう、真っ当な議論を繰り返し、多弁に語っていくこともまた重要である。藤井先生はそうした趣旨のことを語っていらっしゃいました。

私も同感です。少し角度は違いますが、似たようなことを考えていました。

日本人は、伝統的に、定住型で平和な社会に暮らしてきたためか、言語的自己主張をあまり高く評価しません。「沈黙は金」「巧言令色 すくなし仁」、あるいは「背中で語る」といった具合に、日本には、「言挙げ」、つまり言葉に出して言い立てることを好まない傾向があります。

私の本来の専門は欧米の政治理論や政治哲学ですが、この分野の本や論文を読んでいると、いつも、「欧米文化の人々は本当に多弁で議論好きだな」と感じます。自分たちの考え方を常に厳密な言葉で言い表し、理論化し、その正しさを周囲に主張していこうとするエネルギーがすごいんですね。

他方、欧米に比べると、日本では、頭でっかちで理屈っぽい理論や哲学はあまり発展しませんでした。それよりも、武道や芸道などのように、実際に何らかの行為を通じて自己を高めていく「修行」的なものが好まれ、こちらのほうが発展してきました。
 
私は、日本文化の「言挙げ」を好まない側面は好きですが、近年は、この側面がまずい事態を招く場合も結構あるように感じています。

日本人は、自分たちの価値観や道徳意識、美的感覚などを厳密に言語化したり、それを主張したりすることをあまりしてきませんでした。特に、戦後は、GHQの戦後検閲の影響もあるのか、「日本的価値」とか「日本的美意識」などというと「ウヨクだ~」などと周囲から言われそうな雰囲気が少なからずあることもあり、戦後の日本人は自分たちの価値観や道徳意識を精緻に言語化したり、理論化したりしてきませんでした。

私は、近年、この努力の欠如のため、我々の生活に悪影響が及ぶことが増えてきているのではないかと思います。

具体的には、「改革」に関してです。ここ20年ほど、日本の政治は、ずっと、カイカク、カイカクと叫び続けてきました。
( ゚∀゚)o彡カイカク! カイカク!

そして「グローバル化」のために必要だからなどといって、社会や経済のさまざまな制度や慣行を実際にアメリカ型に変えてきました。

しかし、この改革続きの政治の結果、我々の生活が良くなったかというと、かなり多くの人が「かえって悪くなったのでは…」と感じているのではないでしょうか。改革をすればするほど、逆に閉塞感が高まってくる――。そう感じている人が少なくないようです。
(´・ω・`)

この原因の一つに、日本人が自分たちの価値観や道徳感覚をあまりきちんと言語化したり、理屈で裏付けたりしてこなかったことがあると思うのです。

普段の生活では、そうした価値観や感覚などをわざわざ言語化する必要はあまりありません。日本人同士なら、共有しているものが多いので、ことさら言い立てなくてもいいからです。

ただ、昨今のように、「改革」の必要性が常に叫ばれ、実際に「改革」が行われるような場面では、日本人の日常の価値観や道徳感覚が十分言語化されてこなかったため、「改革」の目標は、どうしても外来のものに、特に戦後日本で影響力の強いアメリカ的なものになってしまう傾向があります。

「個人の自由」とか「選択」、「自己責任」「グローバル化」「多様性(ダイバーシティ)」「民主主義」「多文化共生」「挑戦」「起業家精神」などといったどこかアメリカっぽい言葉が、「改革」の理念や目標になってしまいます。

京都大学名誉教授の佐伯啓思氏は、戦後日本社会は、「二重言説」の社会だと表現しています。

戦後の日本では、マスコミや学者、評論家が広く用い、喧伝するアメリカ的で「普遍的な」理念が「公式的」なもの、つまり大ぴっらに公の場で語ることができるものとなった。その一方、我々日本人の日常の価値観や生活感覚や美意識といったものは「公式的」にはあまり表明されず、「非公式な」文化や慣習として潜在化を余儀なくされているというのです(佐伯啓思『従属国家論』PHP新書、2015年、第二章)。

この点について、佐伯氏は、2001年に出版された本の中でも興味深いことを記しています(『国家についての考察』飛鳥新社)。

90年代半ばぐらいから始まった構造改革路線について、政治家や財界人、マスコミ、評論家は、「公式的」には、おしなべて賛成を表明しました。構造改革に対する反対論はほとんど表に出ず、改革論の正しさは「公的」には既定事実となりました。

だが、佐伯氏によれば、改革論を支持していると思われる人々でも、佐伯氏との個人的な会話の中では、実際には改革論に疑問を持っている場合が少なからずあったというのです。。

佐伯氏の本から、端折りつつ、引用してみます。

「… 一見したところ改革論に与しているように見えるかなりの人々、あるいはそうした立場にあるはずの人々が、個人的な話の中では実際には改革論に疑問を持っているのである。新聞記者やジャーナリスト、財界人など、多くの人たちが、私の疑義に共感を示してくれた。改革を唱えるエコノミストでさえ、日本的経営に支えられた日本の製造業の強さについては疑いを入れず、非公式の場所では、日本型経営は決して時代遅れだとは言えない、などという。(略)

ましてや、「一般庶民」を代表する地方の小企業主や自営業者、サラリーマンは、決して改革論に賛意を示しているわけでもない。例えば97年の電通総研のアンケート調査でも、あの規制緩和の大合唱にもかかわらず、実際に規制緩和を支持している者の割合は20パーセントに過ぎないのである。(略)

実は、かなりの者、それも一見、改革論に近い立場にいる者さえもが、改革には疑問を持っていたりするのである。

それにもかかわらず、これらの声は決して世論という言説の表面には現れ出ない。(略)つまり、私が個人的にあちこちで聞いた声はあくまで「非公式」なものにとどまっており、決して「世論」には反映されない。「公式」には改革論の正しさが既定事実になってしまっているのである」(『国家についての考察』、136~137頁)。

このような事態が生じる大きな理由は、やはり、我々の日常の価値観や道徳意識、美意識といったものが十分に言語化されたり、理論化されたりしておらず、その一方で、「グローバル化」や「個人の自由」「選択の自由」といったアメリカ的理念が、有力なメディアや論者から繰り返し発信されているからでしょう。

日本人は、自分たちが拠って立つ価値観や道徳を十分に意識化し、言語化してこず、半ば無意識なものに留めてしまってきたため、「改革」という意識的な場面では、どうしても、繰り返し語られ、流通しているアメリカ的理念に引きずられてしまうのです。

これ、まずいですよね。結果的に、「改革」をすればするほど、多くの日本人にとって暮らしにくい、居心地の悪い社会ができてしまうわけですから。

民俗学の祖である柳田国男は、かつて日本人の死生観を語る文脈で、日本の伝統と外来宗教の教理との区別を明晰化していかない日本人の態度について嘆きました(『先祖の話』、1946年)。

柳田は、日本では、自分たちの伝統的な死生観と外来宗教の教理との「二つを突き合わせてどちらが本当かというような論争はついに起こらずに、ただ何となくそこを曙染のようにぼかしていた」と指摘します。このままでは、外国人の主張に、日本人の側が押されてしまい、日本人は自分たちを見失ってしまうのではないかと柳田は危惧します。

そして次のように書いています。

「なぜかというと向うは筆豆の口達者であって、書いたものがいくらでも残って人に読まれ、こちらはただ観念であり古くからの常識であって、もとは証拠などの少しでも要求せられないことだったからである」。

柳田のこの懸念は、日本人の現状にも大いに当てはまるでしょう。米国をはじめとする外国人の多弁さに圧倒され、指導的立場の者を含む多くの日本人が、自分たちの拠って立つべき価値を見失い、自他の区別がつかない状況に陥っているように思います。

私は、日本が、アメリカのように、自己主張を美徳とする社会になってほしいとは決して思いません。ですが、日本人自身が、日本的価値観や道徳意識、美意識などをきちんと意識化し、言語化し、その意義を知的に認識する必要は現代では大いにあると思います。そして必要とあれば、それを外国に対してしっかりと説明できたほうがいいと考えます。

そうしないと、「筆まめの口達者」であるアメリカ人をはじめとする外国人に言い負かされたり、彼らの価値理念を自分たちのものと取り違えたりすることが頻発すると思うからです。

今年は、多くの日本人が、半ば無意識に抱いている価値観や道徳観、美意識といったものを、明瞭に言語化し、理論化し、その意義を解明していくような仕事をしたいと願っています。

何か年頭の誓いのようになってしまいました。
長々と失礼しますた…
<(_ _)>

—メルマガ発行者より

【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

【三橋貴明】竹中平蔵氏がトリクルダウンを否定した真意

FROM 三橋貴明 http://keieikagakupub.com/38news/

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●2016の世界と日本はどうなる?

2015年、世界はまさに激動の年となった。中東問題はフランス・パリでの同時多発テロやトルコ軍機によるロシア軍機撃墜にまで至った。また、南沙諸島では中国による人口島の埋め立てに対し、アメリカが自由航行権を主張すべく、米軍機を飛行させた。ウクライナ問題は解決の糸口さえ見えない。さらには、シリア情勢を受け、EU諸国へ大量の難民が流入している。

こうした世界情勢の中、各国経済はこぞって低調。なかでも、これまで世界経済牽引の一翼を担っていたように見えた中国経済が、著しく失速している。2016年の世界はどうなるのか。そして、日本にはどのような影響があるのか。

三橋貴明が2016年の世界と日本を語る、、、

『月刊三橋』最新号はこちら
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
※この音声を聞くには1/10(日)までにお申し込みください※

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チャンネル桜「桜プロジェクト」に出演しました。

【エネルギー危機】ペルシャ湾緊迫、反安保法制・反原発派の見解は?[桜H28/1/6]

【TPP】恩恵はいつから?政府とマスコミの印象操作は最早詐欺行為[桜H28/1/6] https://youtu.be/hXelB6zggRM
【明るい経済教室】中国経済失速、爆食消滅後の世界経済はどうなる?[桜H28/1/6] https://youtu.be/DkyK7C_3t58
【三橋貴明】超技術革命で世界最強となる日本!首都高速シールドトンネル工事編[桜H28/1/6] https://youtu.be/RVYOi6eqKQg

お待たせいたしました! 山手トンネルをこよなく愛する三橋貴明が、首都高速のシールドトンネルを取材して参りました。

さて、昨日の続きです。

昨日は、単にトリクルダウン仮説について解説しただけで、竹中氏の「真意」には踏み込みませんでした。そもそも、竹中平蔵氏はなぜ「トリクルダウンはあり得ない」と語ったのか。

安倍総理は、年頭の記者会見において、フジテレビの西垣記者の「選挙に向けてこの半年、国会が今日から開く中、どういった目標を掲げていかれるお考えでしょうか」という質問に対し、
「将来の老後に備えて、あるいは子育てのためにも使っていくことになるわけでありまして、これは正に成長と分配の好循環をつくっていくという新しい経済モデルを私たちは創っていく。その「挑戦」を行っていかなければいけないと思います」
と、答えました。

「分配」という言葉を総理が使ったのは、初めてのような気がいたします。(少なくとも、わたくしの記憶にはありません)

わたくしは昨年末に刊行した徳間書店「2016 年 中国・ユーロ同時破綻で瓦解する世界経済 勝ち抜ける日本 」において、
『安倍総理は2015年1月28日の参院本会議で、民主党の質問に答えるかたちで、
「安倍政権としてめざすのはトリクルダウンではなく、経済の好循環の実現だ」
と、トリクルダウンを否定した。

だが、実際に安倍政権が推進している政策は、消費税増税をはじめとする緊縮財政にせよ、法人税の実効税率引き下げにせよ、あるいは様々な構造改革にせよ、明らかに特定のグローバル投資家を利する政策ばかりだ。

グローバル投資家に傾注した政策を推進しつつ、トリクルダウンを否定したため、筆者はむしろ総理が国内の所得格差の拡大を歓迎しているかような印象を受けたものである。

すなわち、富裕層やグローバル投資家、大企業を優先する政策を打つ政権は、言い訳としてトリクルダウン理論を持ち出すのだ。法人税減税や消費増税、構造改革など、国内の所得格差を拡大する政策を繰り出しつつ、トリクルダウンすら否定するのでは、余計に問題ではないだろうか。
安倍総理が、そこまで理解した上で、トリクルダウンを否定したのかは不明だが。(P107~)』

と、書きました。
朝まで生テレビでの様子を見た限り、竹中氏は別に、
「トリクルダウンはあり得ないんです。ごめんなさい」
というニュアンスで「トリクルダウンはあり得ない」と語ったわけではないわけです。

トリクルダウンなど起きえない。政府の政策で富が「滴り落ちる」のを待っている方が悪い、というニュアンスでトリクルダウンを否定したのでございます。すなわち、格差肯定論としてのトリクルダウンの否定なのです。

そもそも、トリクルダウン仮説は民主主義国家において、一部の富裕層や法人企業に傾注した政策をする際、有権者である国民に「言い訳」をするために編み出されたレトリックなのです。

「富裕層や大手企業を富ます政策をやるけど、いずれ富は国民の皆さんに滴り落ちるので、安心してね」
というわけでございます。

もっとも、トリクルダウンは別に民衆主義国の専売特許というわけではなく、中華人民共和国の鄧小平が改革開放を始める際に連呼した「先富論」も、まさにトリクルダウン仮説そのものでした。

つまりは、政治家がグローバリズム、新自由主義的な構造改革、緊縮財政を推進し、国民の多数を痛めつける際に「言い訳」として持ち出されるのがトリクルダウン仮説なのです。

竹中氏がトリクルダウンを否定したのは、構造改革を推進するに際し、国民に言い訳をする必要性を感じなくなったのか、あるいは言い訳するのが面倒くさくなったのかのいずれかでしょう。
「面倒くせえな。トリクルダウンなんてあるわけないだろ。政府の政策で、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧困化し、それでいいんだよ。どうせ、負けた奴は自己責任なんだから」

と、一種の開き直りで「トリクルダウンはあり得ない」と竹中氏が発言したと確信しています。

とはいえ、総理が「分配」と言い出したということは、竹中氏はともかく「政治家」にとっては、「トリクルダウンすらない構造改革、富裕層・大企業優遇政策」は、有権者に説明がつかないということなのだと思います。

「竹中氏がトリクルダウンを否定した。へ~え。つまり、あんた(国会議員)たちは富める者がさらに富み、貧困層はますます貧困化する政策を肯定するんだな?」
という突っ込みを受けるのは、安倍総理とはいえどもきついでしょう。

2016年は、政治の季節です。安倍政権の構造改革、緊縮財政路線を転換させるためにも、本日と昨日のトリクルダウン関連のエントリーにおける「レトリック」をご活用下さいませ。

2016年の世界と日本の動きを知りたい方はこちら
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
※1/10(日)までにお申し込みください※