【青木泰樹】日銀の「言い訳」

From 青木泰樹@経済学者

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【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

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新年おめでとうございます。

近年、政治家にせよ、経済学者にせよ、自分の過去の発言(言説)に責任を持たない人が多くなりました。
これまでの主張に反する事実が突き付けられたとしても、意に介さない。
前言を糊塗(こと)するために言い訳に終始する人もいれば、突然、何の説明もなく前言を翻す人さえ見かけます。
彼等は自分の間違いを決して認めず、責任も取りません。
経済マスコミが本来なすべきチェックを怠っていることが、そうした不誠実な風潮を助長させているのでしょう。

そうした人たちが権力の中枢もしくは政策立案に多大な影響を及ぼす地位を占めているならば、一般国民はたまったものではありません。
独りよがりの彼等の理屈によって、国民生活は振り回されてしまうのです。
例えば、2014年4月の消費税増税の影響は軽微だと主張していた増税推進派の面々を思い出してください。
今年、彼等は2017年の再増税に向けて再び同じことを繰り返すことでしょう(ただし、本年の経済問題の中心と思われる消費税問題に関しては別の機会に論じます)。

本日は、日銀の金融政策に関する「言い訳」について考えたいと思います。

昨年は日銀による量的・質的緩和政策の理論的および技術的な限界が露呈した年となりました。
リフレ政策の開始より今年4月で丸三年が経過しますが、日銀の目標とする「2%の物価上昇」には遠く及びません。
日銀の目標としている物価は、生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)のことですが、現在、年間80兆円規模でベースマネーを増加させているにもかかわらず、コアCPIは0%近辺で推移しております(昨年8月~10月はマイナス0.1%でした)。
量的緩和を発動して以来、220兆円余りのベースマネーを増やした結果がこれです。

誰が見ても、「日銀が強力なコミットメントを発し、ベースマネーを増加し続ければ、インフレ期待は上昇し、需給ギャップは解消され、物価は上昇する」というリフレ派の理屈は、現実経済では成り立っておりません(リフレ派の詳しい経路に関しては、岩田規久男日銀副総裁の下記の講演資料、特に図表11を参考にしてください)。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/ko140910a.htm/

それが事実なのです。リフレ政策のこれまでの帰結なのです。

本来、黒田東彦日銀総裁は、リフレ派論理の何れの効果波及過程(トランスミッション・メカニズム)が機能していないのかを国民に誠実に説明する責任があります。
理論的に説明すべきなのです(いくつも穴があるので、無理でしょうけれど)。
しかし、彼はそれをせずに、言い訳に終始するのです。

昨年の4月以降、消費税率の3%上昇分による見かけの物価上昇がはげ落ちた頃より(物価は前年同月比で測りますから)、黒田総裁は、頻繁に「物価の基調」という言葉を使い始めました。
「コアCPIは原油安によって低迷しているが、原油安の影響を取り除いた物価の基調は着実に改善している」といった具合です。
つまり彼の言う物価の基調とは、エネルギー価格を除いた「コアコアCPI」のことでした。
「目標は、あくまでもコアCPI上昇であるが、物価の基調を見るのはコアコアCPIだ」と訳の分からないことを言い始めたわけです。
まさにご都合主義。

この言い訳を岩田副総裁の口から聞きたいものです。
なぜなら、彼は「個別的な(ミクロの)価格動向は、全体の(マクロの)物価水準に影響を及ぼさない」と主張していたからです(詳しくは前掲の講演資料参照)。
例えば、原油価格の下落は、他財の需要増をもたらす(価格を上昇させる)ため、全体の物価水準を下落させるものではないと。
そして、個別的価格の変動によって物価水準が変動すると捉える人を「足し算エコノミスト」と揶揄(やゆ)しておりました(それに関しては下記参照)。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/07/aoki-11/

岩田副総裁の根本的な誤りは、経済全体の総需要(財サービスを買うためのカネの量)を一定と考えていることです(かつ全ての市場の需給が一致している)。
その場合、ある財の価格下落によって余ったカネは必ず他財の購入に充てられることになり、他財の価格は上昇します。
すなわち個別的な価格動向は相殺されてしまうと考えているのです。
個別の価格動向が物価に無関係であるなら、物価は全体のカネの量によって決まるとする数量説的見解に行き着くわけです。

しかし、例えば100円のモノが70円に下がって安く買えた分、すなわち30円の余ったカネを将来にとっておく場合はどうなるでしょう(使わない場合です)。
また、余ったカネを他財の購入に使うにしても、その市場が超過供給状態にある場合はどうなるでしょう(価格が上がらない場合です)。
言うまでもなく、不確実性のある世界(現実)、デフレ不況下にある世界では岩田説は成立しないのです。

岩田説が成立するならば、CPIも、コアCPIも、コアコアCPIも一致しなければ理屈に合いません。
岩田副総裁は、この自己矛盾にどう折り合いをつけるのでしょうか。
おそらく頬かむりでしょう。
最近、彼は足し算エコノミストの話を持ち出すことを止めたようですから。
そもそも、「2年で2%の物価上昇が起こらなければ辞任する」と大見得を切って副総裁に就任した人です。
その期限は去年の4月でしたが、今なお居座り続けていますね。
コミットメントを重視するリフレ派の主唱者だけに、いとも簡単に前言を翻すとは、残念なことです。

物価低迷が続いている現状ですが、それでは実体経済の方はどうでしょう。
リフレ派の理屈通り、消費は増加し、実物投資も増加し、需給ギャップは解消される方向に進んでいるのでしょうか。
とんでもありません。実質賃金も、実質消費も、実物投資も低迷したままなのです。
2014年の実質成長率はマイナス1%でした。
2015年度に入っても第一四半期は前期比マイナス、第二四半期は改定値でかろうじてプラスになりましたが、2015年を通しても0%台前半がせいぜいでしょう。
黒田総裁は、消費税増税をしても金融緩和でカバーできると強弁していたのですから、自分の認識の誤り(その背後にある金融政策の限界)について率直に説明すべきでしょう。

ところが反省するどころか、3%台前半の失業率を完全雇用に対応するものとして、現在の景気状況は順調なのだと言い訳を続けます。
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko151224a.htm/

黒田総裁の誤りは、非正規雇用が雇用者の4割を占めるに至っているという雇用環境の構造変化を考慮せず、従来と同じように失業率の水準だけを見て完全雇用か否かを判断しているところにあります。
中身(質的側面)を見ない。
失業率(完全失業率)の定義における就業者には、正規、非正規の区別はありません。

確かに主婦や高齢者のように非正規雇用を望む人たちがいる反面、給与格差の大きさから若年層から壮年層を含め正規雇用を望みつつ、非正規に甘んじている人たちも多いのです。
そうした「不本意非正規雇用者」、いわば非自発的雇用者は非正規雇用全体の2割程度を占めているのです。
20余りの様々な雇用統計の中身を注視すると言われるイエレンFRB議長ほどではないにせよ、黒田総裁も雇用統計の中身をよく見て雇用状況を判断すべきでしょう。
私見では、不本意非正規雇用者の解消(せめて8割程度)なくして完全雇用状態とは言えないと思います。

ただ黒田総裁は、表面上、強気を装っておりますが、焦りの色も垣間見られます。
景気は順調との認識を示しつつ、機会をとらえては企業経営者に対して、設備投資や賃上げに動くように促しているからです。
「今こそチャンス、金利の安いうちに設備投資を実施しなさい」、「将来、人手の確保で苦しむから今のうちに賃上げを」と触れ回っているのです(安倍総理も選挙対策としてやってますね)。

リフレ派の理屈からすると、将来2%のインフレになると予想した合理的な企業経営者が、実質金利の低下を受けて「自主的に」実物投資を増加させるはずなのですが。
現実(不確実性の世界)では、黒田総裁自身が、リフレ派の理屈通り行動しなさいと説得しなければならないわけです。
理論に合わせろと。
しかし、それでも経営者は将来の需要増を予想しなければ設備投資を増加させないでしょうね。

量的・質的緩和政策の技術的な限界も露わになってまいりました。
昨年12月18日に発表された日銀の補完措置の内容があまりに小粒で、唖然とされた方も多いのではないでしょうか。
株価も反応しませんでしたね。
質的緩和として、ETF(上場投資信託)の買い入れ額を年間3千億円増やす。
量的緩和として、国債の購入量はそのままに残存期間の長めのものを増やすと。
以前、指摘したように日銀の国債買い取りは限界ですから、質的緩和を微増させるのがやっとなのです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/09/12/aoki-18/

リフレ派の理屈は間違っているが、国債の買い取り策は財政問題の解決に資するので正しいというのが私の立場であり、今年もその啓蒙に努めようと思っております。
しかし、そうした国債買い取りのメリットを十分活用しない方向に財政運営がなされていることは残念です。

日銀保有の国債が増えれば(昨年末の時点で325兆円)、当然利息収入も増えますから剰余金も増えます(昨年3月末で1兆円余り)。
本来、日銀剰余金は国庫へ還流するのですが、それが日銀の資本増強や将来の金利上昇に備えた引当金の増額によって数千億円規模で減少してしまいました(財務省が認めたわけです)。
経済通念に縛られた出口戦略なるものに怯えた結果です。

また国債買い取りによる低金利状況を利用して、財務省は、国債の前倒し発行(前倒し債)を2016年度は48兆円に引き上げました(前年度より16兆円増)。
現在、日銀による国債の大量買い取りによって、民間保有の国債が純額で年間40兆円余り日銀に移し替えられていますから、国債市場が干上がることを懸念した措置でしょう。
財務省も民間へ国債を供給する必要性に気づいたところまでは進歩したようです。
しかし、供給手段および背後の論理が間違っています。

前倒し債で調達した資金は、特別会計にためておき、必要な時に使うというものです。
なぜ今使わないのでしょう。
財務省は、前倒し債の発行を増額するのではなく、建設国債の発行を増額し、国土強靭化事業を推進すべきなのです。
例えば、建設国債発行で得た資金のうち数兆円を鉄道各社へ無利子で貸し付ければ、リニア新幹線網が予定より格段に早く完成し、経済効果は計り知れないのです。
それが国家の安全保障にとっての王道といえる財政運営ではないでしょうか。

本年もよろしくお願いいたします。

—メルマガ発行者より

【解説】
人口減少で好景気になる理由
https://youtu.be/To6OMrIABwI

4 thoughts on “【青木泰樹】日銀の「言い訳」

  1. 三橋貴明先生の仰しゃる通りな政府の財政政策で
    官僚もそれにつられて暗躍しているのだと聞くと
    敗戦後の総括をあやふやなままで
    日本を再建させてしまった結果ではないかと
    思えて来ます。
    責任をとることは大事です。
    何事もひとつ区切りさせたのならば
    総括して先を見て後も見てから再出発
    しないと世の中は変わらない
    のでしょうか。
    まだ日本再建は間に合うと
    考えたい

  2. 祈祷と経済理論♪

    1)医師が 病人に祈祷のみを行い
      死に至らせれば
      罪に問われます (これは 当然)
    2)政府が リフレ派の祈祷師を重用し
      国民を死に至らせても
      罪に問われません (なぜか 当然)

    1)と2)の違いは 何故なのか??
    推して 知るべし。。。

    『猫を抱いて象と泳ぐ』という
    チェスを題材にした小説が あります
    (とても 泣けます)が、、

    現政権は
    『マネーを抱いて デフレの海に溺れる』という
    趣味でも おありなのでしょうか
    無理心中に巻き込まれる ぼくとしては
    これは 笑えます♪ 

     

  3. 押し買い、押し貸しとならない様、政府は鉄道各社、民間からの要請を待ち望んでいる状況ではないでしょうか?

  4. 仰る通りでございます。

    いつも不思議に思う事があります。拘束力が無いにしろ政府が民間に、
    「賃上げしろ」とか「設備投資しろ」とか言う事に対し、自由経済を求めるリフレ派から文句が出ないのが不思議で御座います。

    リフレ派って、もしかしてただの傲慢学……..?
    それとも現実逃避…….?

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